「……そうですわね……」 ラクスは何かを考え込むような表情を作る。 「そちらに関してはあの方にお任せしてありますからかまいませんが」 小首をかしげながら告げる彼女を見て、どこまで本気なのだろうか……とカガリは思ってしまう。 「問題は、それをあちらがきちんと関知してくださるかどうか……ではないでしょうか」 だが、ラクスはまったく気にする様子がない。 と言うことは、最初から知っていた……と言うことなのだろうか。 「それは心配いらないだろうな」 コーヒーが入ったカップを口に運びながらバルトフェルドがこう言い返している。 「もっとも、肝心の目標が出てくるとは限らないがな」 むしろ、逆に隠されてしまうかもしれないぞ、と彼は付け加えた。 「どういう事だ?」 話が見えない、とカガリは思わず口を挟んでしまう。 「というか、何故、この時期にディオキアで『ラクスのコンサート』があるんだ!」 自分たちは現在、逃げ回っているのではないか、と彼女は付け加えた。 「そうですわね。もっとも、その《ラクス・クライン》は私ではありませんが」 しかし、ラクスはやはり一枚上手だった……と言うべきなのだろうか。 「ラクス?」 「プラントの人々のために必要なのであれば《ラクス・クライン》の名前と姿を使ってもかまわない。デュランダル議長にはそう申し上げてありますの」 その代わり、自分が必要なときには協力をしてもらうのだ、とラクスは微笑む。 「……いつの間に……」 「キラを探し始めた、あの日からですわ」 カガリの呟きに、ラクスはあっさりと言葉を返した。 「私にとっても、一番大切なのは《キラ》です。でも、プラントは私のふるさとですもの」 プラントの人々のためにできる限りのことをしようと思ったのだ。そして、キラを捜すための手段も……とラクスは微笑む。 「ですが、これは私の勝手。カガリが気にすることはありませんわ」 「……そういうが……」 彼女がそんな風に自分の地盤を整えていた間に、自分は何をしていたのだろうか。カガリはそう思う。だから、アスランも……とも。 「カガリと私は、別の人間ですもの。同じ目標に向かっていても、同じ道を歩む必要はありません」 それぞれがそれぞれの努力をすればいいのだ、と言う言葉に、カガリは何も言い返せない。 「私ではない《ラクス》がいると知れば、地球軍はどう動くでしょう」 ラクスは不意に話題を元に戻すかのようにこう口にした。 「そして、私を確実に見分けられる方が、地球軍にはどれだけいらっしゃるのでしょうね」 くすりと笑いを漏らしながらさらに言葉を重ねる。 「そう言うことか」 さすがはラクスだな、とバルトフェルドが笑いを漏らす。 「ですが、キラ君本人が来るとは限りませんし……私たちがその場にいるわけにはいかないのでは?」 どうやら状況が飲み込めたらしい。ラミアスがこう問いかけた。 「それは心配いりませんわ」 さらに笑みを深めながらラクスが言葉を返す。 「アスランが、何とかするはずです」 「アスラン?」 「彼は今、ザフトにいらっしゃいますもの」 キラを取り戻すために……とラクスは言い切る。その言葉に、カガリは思わず目を丸くしてしまった。 「……何で……」 ラクスのコンサートの件はキラも掴んでいた。というよりも、ミネルバの情報を集めているうちに必然的に手に入った、と言うべきかもしれない。 「何で、ラクスが……」 しかし、その理由がわからない。 いや、今の状況であの《ラクス》が《プラント最高評議会議長》と共に《ザフト》を慰問するはずがないのだ。 そんなことをすれば、カガリの居場所を教えてしまうと言うことになる。 いや、最悪、オーブがプラントと結んだと判断されるかもしれない。 「じゃ、偽物なのかな」 だとするならば、プラントは何を考えているのだろう。そんなことをしてラクスが黙ってるとも思えないのだが。 しかし……とも考える。 自分がここに来る前、ラクスはまだプラントにいたはずだ。 そこで何か話し合っていたとしたならば、どうなのだろうか。 「……わからない」 ここでいくら悩んだとしても、自分はラクスではないのだ。答えを出せるはずはない。 そうは思うのだが、もしこれが何かの《罠》だったら……とも思う。 「それにしても……ラクスは、まだ、ザフトの歌姫なんだ」 いや、彼女の存在がまさしく《平和の象徴》なのかもしれない。だから、ザフトの人間は彼女を必要とするのだろう。 実際、キラにしても彼女の優しさに救われた、と思っていた時期もあるのだ。 しかし、彼女をはじめとした者達の優しさでも、フラガを失ったと信じていた頃のキラの心の傷を埋めることはできなかった。そして、キラにとっての救いは、フラガの腕だけだったのだ。 だから、自分はここにいる。 そして、彼のためなら何でもできる、と思う。 だが、ラクスはどうだろうか。 彼女が誰よりも平和を愛していることは知っている。しかし、自分を隠していた頃ならともかく、今の彼女がプラントの最高評議会議長の頼みだからと言って、こんな風に基地の慰問を行うだろうか。 それが引っかかる点だと言っていい。 「ムウさんに、相談した方が……いいかな」 というよりも、報告だけはしなければいけないだろ。しかし、彼にしてもきっと頭を抱えるに決まっている。 「ミネルバがそこにいるのは確かなんだよね」 小さなため息をつきながらキラは腰を上げた。 部屋を抜け出すと、直接フラガの元へではなく、あの三人がいるはずの部屋へと向かう。彼等からフラガを呼び出してもらった方がいいだろうと判断したのだ。 「キラ?」 「どうしたんだ?」 ドアを開けると同時に、ステラとアウルの声がキラの耳に届く。同時に、二人が飛びかかるような勢いで抱きついてきた。 「あっ!」 予想外のその行動に、キラはバランスを崩してしまう。そして、そのまま二人と共に後ろに倒れ込んだ。 「いったぁ……」 思い切り腰を打って、キラはこう呟いてしまう。 「ごめん、キラ!」 「……大丈夫?」 慌てたように二人がキラの顔をのぞき込んでくる。 「多分」 でも、どいて欲しいな……とキラが口にするよりも早く二人の体がキラの上から引きはがされる。 「お前ら……少しは頭を使え」 あきれたように言葉を口にしたのはスティングだった。その言葉に、二人は思わず首をすくめている。 「で? 何か用なのか?」 放り出すように二人から手を離すとスティングはキラに手をさしのべてくれた。そして、起きあがる手伝いをしてくれる。 「ネオさんを呼び出してもらおうかと思って……」 ブリッジにいるから、自分よりもスティング達に声をかけてもらった方がいいだろう……とキラは口にした。 「別段、ネオは気にしないと思うけどな」 キラがブリッジに行っても……と口にしながらもスティングは端末へと向かう。 「キラ、ごめんなさい……」 その姿を見つめていたキラの腕にステラが体をすり寄せてくる。 「気にしないで。でも、次からは気を付けてくれると嬉しいな」 さすがに、二人分の体重が一気にのしかかってきたら辛いかも……とキラは彼女に苦笑を向けた。 「それに、大切なものを持っているときもあるでしょう? それを壊したら、大変なんて話じゃすまない事もあるからね」 でしょう? と問いかければステラは小さく頷いてみせる。 「アウルもね。次からは気を付けてくれるよね?」 その表情のまま彼の方に視線を向ければ、同じように頷いて見せた。そして、彼もまたキラに抱きついてくる。その様子は、まるでステラだけがキラにくっついているのが気に入らない……と言っているようにも思える。 彼等のことを考えれば、自分にすがりついてくることで足りない何かを埋めようとしているようにも感じられた。それはフラガを失ったと思いこんでいたあの時期の自分とよく似ているのではないだろうか。 だから、邪険にすることができないのかもしれない。 「今、来るってさ」 ネオ、と言いながら、スティングが戻ってくる。 「それにしてもお前ら……いい加減にしないとネオに怒られるぞ」 キラの邪魔をするんじゃない、と彼は二人に向かって注意の言葉を投げかけた。その瞬間、二人が気に入らないというように頬をふくらませる。それが子供っぽくて、キラは密やかな笑いを漏らした。 「キラ……」 「……何か、楽しいの?」 文句を言おうとしたらしいアウルだが、ステラのこの言葉に毒気を抜かれたらしい。そのままキラの肩に額を押し当ててくる。 「何か、疲れた……」 「……それは僕のセリフかも」 アウルの呟きに、キラは苦笑と共にこう言い返した。 「キラ、疲れたの?」 しかし、それをステラに聞かれたから大変だ。そのまま、彼女はキラをソファーの方に引っ張っていこうとする。だが、アウルがすがりついているせいでそれができない。 「アウル、邪魔!」 「うるさい!」 結局、ムウが来るまでキラを挟んで二人が大げんかを繰り広げていた。 |