「本当に……」
 何を考えているんだ、とカガリは目の前の人物をにらみつける。
「私はオーブの代表としての義務を果たさなければならなかったんだぞ」
 それが自分の意に添わない内容だったとしても、国民のためだというのであれば耐えるしかないのだ。そう考えていたのだ、とカガリは心の中で付け加える。
「では、お聞きしますが」
 そんな彼女に向かってラクスが厳しい視線を返してきた。
「貴方は《オーブ》だけが平和であればいい、と考えていらっしゃるのですか?」
 そしてこう問いかけてくる。
 この言葉にカガリは一瞬言葉を失う。
 そんなこと、考えたことがなかった、というのが本音だったのだ。
「確かに地球連合と手を結べば、オーブと言う国はは無事かも知れません」
 しかし……とラクスは言葉を続ける。
「ですが、その国には《コーディネイター》は存在出来ないのではありませんか?」
「そんなことは……」
 ない、と言いかけてカガリは言葉を飲み込んだ。
「地球連合にはコーディネイターは存在出来ません。その協力国も同じでしょう?」
 なら、オーブに住んでいるコーディネイターはどこに行けばいいのか。
 オーブの復興のために尽力をつくしてくれたコーディネイターを国のために見捨てるのか、とラクスの糾弾は止まらない。
「私は……そこまで考えていなかった……」
 彼女に見栄を張っても仕方がない。それでも悔しさを隠せない、という態度でカガリは呟く。
「それは仕方がないのですけどね」
 不意にラクスは口調を和らげると微笑みかけてきた。
「ラクス?」
「貴方は、狭い世界しか見せられてこなかった。いえ、広い世界を見ようとする考えを摘み取られてきた、と申し上げた方がいいのでしょうか」
 誰に、と言われなくてもカガリにもわかる。
 しかし、その事実に指摘されるまで気づかなかった……という現実が気に入らないのだ。
「その方々には、コーディネイターを切り捨てた場合、オーブが今の地位を保っていられるかどうかは関係ないのでしょうね」
 そして、そう考えられる人間をオーブのトップに据えたかったのだろう。カガリがセイランとの婚姻を終えた後、彼女に自由が与えられたかどうかはわからない、とラクスは淡々と言葉をつづる。
「だが、国の外に出てしまっても同じだろう」
 自分がいなければ、セイランが好き勝手するに決まっている、とカガリは思う。
「いいえ。全く違いますわ」
 しかし、ラクスはカガリの考えを即座に否定する。
「国の外にいるからこそ、見えるものがあります」
 それに、と彼女は微笑む。
「オーブの方々はカガリをお忘れにはなりませんわ。時節を待つのも指導者としては重要なことです」
 彼女の言葉に重みを感じるのは、そうしてきた経験があるからだろう。
「そして《キラ》の事もです」
 そのために自分達は動き出したのではないか。この言葉にカガリは無意識にうなずいていた。

「まぁ、予想はしていたがな」
 そう告げるフラガの口調は厳しい。
「……ムウさん……」
 どうかしたのか、とキラは問いかけようとして言葉を飲み込む。作戦に関係していることであれば、自分が口を出すべきではない、と判断したのだ。
「なに。あの子猫ちゃんを他の部隊が逃しただけだよ」
 あれを討ち取れていれば、後々楽だったのにな……と呟くフラガの声は厳しい。
「しかも、先日は地球軍の要塞を撃破してくれたそうだしな」
 キラに勝るとも劣らないじゃじゃ馬だ……と彼は笑う。しかし、その瞳はまるで獲物を見つけたときの猛禽類のような光をたたえている。それだけ厄介な相手なのだろうか、とキラは思う。
「……探した方が、いいですか?」
 ザフトに属しているのであれば、間違いなく見つけられる。組織に属しているものは、組織によって居場所を特定されているのだ。だから、その組織のデーターを盗み見れば簡単に居場所を見つけられるはず、とキラは思う。
 そして、自分であれば、それが可能だ。
「……そうだな……」
 もちろん、それはフラガも知っている。少し考え込むような表情を作ったのは、それに伴うプラスとマイナスを計算しているからだろう。
「無理はしない、と約束できるか?」
 だが、こちらとしても本気で動かなければいけないのか。それでもまだ完全に割り切れていない、という口調ながらもフラガはこう問いかけてきた。
「もちろんです」
 そんなことをして、フラガに迷惑をかけるわけにはいかない。
 第一、今までもばれたことがないのだから。
「わかった。頼む」
 こう言いながらも、フラガはゆっくりと立ち上がった。そして、キラの側へと歩み寄ってくる。
「ムウさん?」
 彼の腕に抱きしめられてキラは思わずその顔を見上げる。
「本当は……お前を軍に関わらせるつもりはないんだがな……」
 今更だがな、とフラガは付け加えた。
 確かにそうだろう。
 既に自分は彼等のために動いている自分は、他の者から見れば十分地球軍の一員と考えられるに決まっているのだ。
「あの三人のことと、地球軍の作戦に関わることは違うんだよ」
 そんなキラの内心を読み取ったのだろうか。フラガはこう言って苦笑を浮かべる。
「……でも、そうすることでムウさんのプラスになるなら、僕は……」
「いいこだな、キラ」
 キラに最後まで言わせることなくムウは彼の唇に指を押し当てた。
「お前の気持ちはわかっている。でも、無理をして倒れられるのもいやなんだよ」
 そして、地球軍にとってキラが《都合がいい》存在になるのも……と口にしながら蒼い瞳がキラのすみれ色の瞳をのぞき込んでくる。
「キラは、俺のものだからな」
 こう付け加えられた言葉が嬉しい。
「だから、させてください……」
 ムウのために……とキラは囁き返す。
「キラは、昔から頑固だからな」
 低い笑いと共に彼はそっとキスをくれた。