「そう、ですの」 アスランの言葉を聞き終わったラクスは静かにこう口にする。 「貴方がそうお決めになったのでしたら、私には反対する理由がございませんわ」 こう言うものの、彼女の視線は厳しい。 「ただ、カガリのことをどうなさるのか、教えてくださいます?」 キラを取り戻すために二人は動いていたのだろう。それなのに、その役目を放棄してまでもプラントに向かうのは何故なのか。ラクスはこう問いかけてくる。 「貴方がいらっしゃらなくなれば……カガリはセイランをはじめとする者達によってただのお飾りにされてしまいますわよ」 その結果、オーブは地球連合へ組み込まれるだろう。そうなれば、コーディネイター達は皆、他国へ移住を迫られるのではないか。 ラクスの推測に間違いはない。 「だから、ですよ」 それについてはカガリと既に話し合ったのだ。 「オーブに巣くっている膿を切り捨てるためにも、一度、それを表に出さなければいけないのではないですか?」 セイランが一度は政治の中枢を奪い取ったとしても《オーブ》の中枢は渡さない。そのための根回しも終わらせて来た。 「問題は……国民を盾に取られた時のカガリの反応ですが……万が一の時はバルトフェルド隊長とラミアス艦長が動いてくださる手筈になっています」 むしろ、今は自分がいない方がカガリのためかもしれないのではないか、と彼らと結論を出したのだ。 「そこまで準備を進められておられるのでしたら、これ以上は何も申し上げませんわ」 どうせ、彼らから事前に聞いていたはず。そうは思うもののアスランはラクスにその事実を指摘しない。 「現状で、プラントがどう動くのか。それを確認する、という名目であちらに向かいます」 そうすれば、即座に《セイラン》が動くだろう。そして、その背後で糸を引いているブルーコスモスも、だ。 「カガリは、唯一の《ナチュラル》でしたからね」 あの時、中心となって戦った者達の中で、とアスランは冷笑を口元に浮かべる。 「あちらとしては、その名声を手放したくないはずです」 そして、できるなら人心掌握の切り札にしたい、と考えているはずだから、と付け加える。 「オーブの民衆は、カガリを指示しておられますわね」 ラクスもまた冷然とした笑みを口元に刻んだ。 「そんな彼女がナチュラルを優先しないのは、貴方との関係があるからだ、とも言われていらっしゃるそうですわね」 そして、からかうような口調で言葉を投げかけてくる。 「表面だけしか見えない者にはそう感じられたのかも知れませんね」 そう見えるようにふるまって来たこともまた事実だから、とアスランは言葉を返す。 「ともかく、カガリには何かあった時には貴方に相談をするように言ってあります。お願いして、かまいませんね?」 こう問いかけなくても、彼女がカガリに手を差し伸べない訳がないのだ。 「そうですわね。そちらに関してはおまかせいただいてかまいませんわ」 ラクスはしっかりとした口調で頷いて見せる。 「ただ約束してくださいませ。キラを見つけられても、その隣にいらっしゃるフラガ様に、決して危害を加えられませんように」 自分だけですべてを判断せずに自分たちも呼べ、と言いたいのだろう、彼女は。 「……わかりました」 そのくらいは妥協しなければいけないだろうな……とアスランは頷いて見せた。 セイランが動き出したのはアスランがプラントへ向かってすぐだった。 「どうする、ラクス?」 確認を求めるかのようにバルトフェルドがこう問いかけてくる。 そんな彼に向かってラクスは静かに頷いて見せた。それだけで彼にはラクスが何を言いたいのか伝わったらしい。通信機を操作し始める。 「ミネルバだな?」 楽しげな口調で彼は言葉を口にした。それに対し、あちらでは不審感を露にしている。 「本当に……」 遊んでいるな、とマリューがため息をつく。 「それもバルトフェルド隊長の魅力なのでしょうが……」 だが、これでは信じてほしいことも信じてもらえなくなるのではないだろうか、とはラクスも感じてしまう。 「……《砂漠の虎》を知っているかね?」 しかし、二人の会話を耳にしていてもバルトフェルドは全く態度を改めようとはしない。 「彼からの伝言を預かっているのだがね」 それどころかラクス達にウィンクをして見せるだけの余裕すら示している。 「オーブの中軸がブルーコスモスに乗っ取られた。悪いことは言わない。さっさと逃げ出したまえ」 もっとも、もう遅いかもしれないがな……とバルトフェルドは小さな声で付け加えた。 「アスハ代表か」 しかし、ミネルバから返って来た言葉は彼らが予想していないものだった。 あるいは、あちらの指揮官は彼女に好意を感じているのかもしれない。しかしそのせいで《ミネルバ》を危険にさらす訳にはいかないのではないか。 そんなことを考えているラクスの隣でマリューが苦笑を浮かべている。その表情から、彼女も同じ選択を知れないとラクスは判断をした。 「心配しなくていい。既に《砂漠の虎》が動いている。伝説の艦と一緒に、な」 問題があるとすれば、あの機体のパイロットがいないことだけだ。だが、現状でもその代わりとなる存在はある人物の好意で確保してある。だから何とかなるだろう……ということもまた事実だ。 「君達はまず、友軍と合流することが先決ではないのかね?」 なずべき事をまずしろ、という言葉は一見厳しいように感じられるだろう。だが、軍人としてはそれが当然のことなのだ。 「貴艦の無事を祈るよ」 この言葉とともにバルトフェルドは通信を終わらせる。そのまま彼はいすの背に体を預けた。 「経験不足なのか……それとも別の理由があるのかはわからないが……まだまだ未熟だな」 そしてため息と共に彼はそう吐き出す。 「でも、そういう人物は嫌いじゃないのでしょう?」 そんな彼に向かって、マリューが苦笑とともにこう告げた。 「否定はできないね」 即座にこう言い返してくる彼に、ラクスもまた微笑みを口元に刻む。 「それでは私達もなすべきことを行いましょう」 それが《キラ》に続いていることを信じて。こう付け加えれば、二人は大きく頷いて見せる。 「では、準備を始めますか」 そして、この言葉を合図に行動を開始した。 |