「いいね、ステラ……さっきのことは、内緒だよ?」
 でないとネオさんに怒られてしまうから……とキラは真顔でステラに注意をする。
「わかった……キラ、困るのね?」
 困るのは自分だけではなくステラもなのだが……とキラは心の中で呟く。しかし、それを彼女に説明しても意味はないだろう。
「そう。だから内緒、ね」
 だからこの言葉だけ口にした。
「二人だけの約束だよ」
 何げなく付け加えた瞬間、ステラの瞳が輝く。
「キラと、ステラ、だけ?」
 言葉の裏に喜びが見え隠れしているような気がするのは錯覚だろうか。彼女は――自分と同じく――フラガに依存するように《調整》されているはずなのに、と。それなのに、自分との約束を優先するような考えを持っていいのだろうか。
「うん。キラとステラだけの、秘密」
 それでも彼女はうれしそうにこう繰り返す。
「ネオにも内緒、ね」
 これなら大丈夫だろうか。
「そう。約束だよ」
 こう言いながら、キラは小指を差し出す。そうすれば、ステラが即座に自分のそれをキラの指にからめてくる。
「指切り」
「うん」
「破ったら、針千本、飲むんだよね」
 どうしてこう言うことだけは知っているのだろうか。それとも、フラガがしっかりと教え込んだのか、とキラは考えてしまう。彼であれば、十分あり得そうだ、という結論が出てしまったのはいいことなのだろうか。
「指切りげんまん」
 それでも、嬉しそうにこう言いながら手を動かす彼女を見ればどうでもいいような気がしてしまう。この程度であれば、見逃してもらえるはずだし、と。
 逆に言えば、この程度しか見逃してもらえないのだ、彼女たちは。
 それを痛ましいと言っていいのだろうか。
 自分だって、ある意味、彼女たちと同じような存在なのに。いや、それ以下かもしれない……とキラは心の中で呟いた。結局、自分はもちろん、フラガの足かせにしかなっていないのではないか、と思えるからだ。
「嘘ついたら、針千本のーます」
 その間にも、ステラは嬉しそうに言葉を続けていた。
「指切った!」
 最後に彼女がこう言って小指を放す。
 そして、満足そうな微笑みをキラに向けてくる。
「よくできたね」
 そんな彼女に向かってキラも優しげな笑みを返した。
「キラとステラだけの約束」
 この言葉とともにステラが抱き着いてくる。それを優しく抱き返した時だ。
「な〜んか楽しそうだな」
 室内にフラガの声が響き渡った。
 どうしてこんな時に帰ってくるのだろう。もう少し後だったら、いつものじゃれあいですませられただろうに、と。そうも考えるのだ。
 第一、どこから聞いていたのだろう。
 こう言う時には、彼の《軍人》としての実績が恨めしくなる。
 それでなければ、きっと、彼の気配を感じ取ることができただろうに、とも思う。
 同時に、ほんの僅かな可能性に期待を持っていた。ひょっとして、彼は自分たちの会話を耳にしていなかったのではないか、と。
 しかし、そういう時に限って期待は裏切られるものだ、ということもキラは知っていた。
「どんな約束をしたのか、俺にも教えてくれないか?」
 さらに付け加えられたこのセリフに、キラは背筋を冷たい物で撫で上げられたような感覚に襲われる。
 彼の言葉に、ステラは一体どのような反応を返すだろうか。そう思ってしまったのだ。
 あるいはフラガの言葉に、逆らい切れずに真実を告げてしまうかも知れない、とも。
「教えてあげない」
 しかし、ステラはキラに抱き着いたままこう言い返した。
「キラとステラだけ」
 ネオは仲間外れなの……というステラにキラは胸を撫で下ろす。だが、それとは裏腹に漠然とした不安を感じてしまった。
 こんなステラの態度をフラガはどう受け止めるだろうか。
 ひょっとすれば、また《ゆりかご》で調整を受けさせられるのではないか。
 それが彼女たちに負担をかける、ということをよく知っているのだ。
「そっか。じゃ、仕方がないな」
 しかし、フラガはあっさりと引き下がる。
「他の誰かならともかく、キラじゃな」
 ステラはキラが大好きだし、キラがそう判断したのであれば、自分が口を挟む事ではないだろうとも。
 この言葉から、ステラに関しては大丈夫だろう、と思う。
 もっとも、自分は楽観視していられないだろうが、とキラは心の中で呟く。三人の前では何もないだろうが、フラガと二人だけになった時にはどうなるのかわからない、とも。
「あぁ。明日の朝にはここを引き払う。準備は……」
「ネオさんとアウルとスティングの私物以外はまとめました。あぁ、ネオさんのものに関しては書類だけです、残っているのは」
 書類に関しては、自分が手をつけない方がいいだろう、と判断したのだ、とキラは口にする。
「いいこだ、坊主」
 そうすれば、フラガは満足そうな笑みを漏らす。
「書類は破棄するものもあるからな」
 だから、まとめられない方がいいのだ、と言いながらフラガはキラの頭に手を置いてくる。
「なら、俺はそれだけを片付ければいいんだな」
 それなら楽勝か……というフラガの口調は相変わらずのものだ。それを耳にして、キラは安堵している自分がいることに気づいてしまう。
「あぁ、キラ」
 ふっと思いついた、というようにフラガが声をかけてくる。
「何ですか?」
「スティングとアウルの荷物整理にも付き合ってやってくれ」
 でないと心配だからな、と付け加える彼にキラは頷いて見せた。
「ということだから、キラを放せ」
 独り占めはずるいぞ、と口にしながらアウルがキラの腰に腕を回してくる。そして、そのままステラから引きはがそうとした。
「やっ!」
 しかし、ステラは逆にキラに抱き着いてくる。
「頑張れよ、キラ」
 そんなキラの耳に、フラガのどこか楽しげな声が届いた。