ここもまた、あの日の光景が嘘だと思えるくらい綺麗に整備されている。 「……こんな、偽善を……」 自分たちが行った罪を、こんな事で消せると思っているのだろうか。 それとも……とシンが怒りに拳を振るわせたときだ。 「……お花……枯れちゃった……」 どこからか舌っ足らずな声が聞こえてくる。 「えっ?」 自分以外、誰もいないと思っていたのに……とシンは慌てた。もし、あの戦いで《親》をなくした子供が自分の言葉を聞いてしまえばまずい、とも。その子がこの慰霊碑を喜んでいない、とは言い切れないだろう、と思ったのだ。 しかし、どこにいるのだろう。 そう思って周囲を見回せば、慰霊碑の影――丁度シンからは死角になると思える位置に淡い金髪をした少女がいた。彼女は衣服が汚れるのもかまわない、という様子でその場に膝をついている。 「綺麗に咲いていたのに……かわいそう」 誰が、とは言わない。それでも、少女は細い指で何とかできないかというように花をなでている。 「潮をかぶったからな……かわいそうだけど、どうしようもない」 そんなことをしてもどうにもならないだろう。確かにかわいそうかもしれないけど……と思いながら、シンは少女に声をかけた。 その瞬間、彼女の方が大きく揺れる。 ゆっくりと振り向いた、と思うと同時にラズベリーの瞳が自分を見つめてきた。 「……ごめん……驚かせるつもりはなかったんだ」 その瞳も髪も、いや、その容姿すら《マユ》と似ているところはどこもないはずなのに、どうして印象が重なるのだろうか。 いや、それがなくても目の前の少女にどこか見覚えがあるような気がしてならない。それはどうしてなのか。 「ただ……俺の家族も……ここで死んだから……」 だから……と口にしながらも、シンは自分が何を言っているのだろうか、と本気で悩んでしまう。こんな風に相手に警戒心を抱かせるつもりなはなったのだ。 「……死んだの?」 少女の表情がこわばる。 ひょっとして、自分は何かまずいことを口にしてしまったのだろうか。 「ここでは、たくさん死んだから……」 それでも現実は消し去ることができない。そう思ってこう付け加える。 「ステラも……死ぬの?」 しかし、少女の口から出たのは自分が予想もしていなかった言葉だった。 「君は、今、生きているだろう?」 どうしてそんなことを言うのか……とシンは少女に問いかける。少なくとも、目の前の少女を害しようとするものはいないはずだ。 この場にいた、と言うことは、彼女はオーブの人間なのだろう。 しかし、自分がオーブに来たのは久々で……それ以前に彼女と出会ったことはない。 だが、彼女を見かけたのはつい最近のような気がするのだ。 では、どこで……とシンは思う。 「死ぬの? みんな……死んじゃうの?」 だが、それを思い出そうとすると少女の言葉がシンの思考を中断してくれるのだ。 「そんなことはない……と思う」 確かに、地球連合はプラントに宣戦布告をしたが、オーブはあくまでも中立なはずだ。忌々しいが、それが現実だろう。 だから、コーディネイターであろうとナチュラルであろうと、この国では大丈夫なはずだ。シンはそう考える。 「誰も、君を傷つけないよ」 さらに言葉を重ねれば、少女は不思議なものを見るような表情でシンを見上げてきた。そんな彼女に、シンは微笑みを向ける。 「ステラ? ステラ、どこ?」 だが、彼女はこの声の方に反応を見せた。 「キラ!」 言葉と共に立ち上がる。その顔には、先ほどまでの不安の色はまったく見られない。 「ステラ、ここ!」 そのまま、彼女はまっすぐに駆けだしていく。 「……なんだ……」 振り向きもしない彼女の態度が、どこか面白くない……と思ってしまうシンだった。 「……それでは、そのようにお願いして、かまいませんか?」 この言葉に、レイは静かに頷いてみせる。 「相変わらず、無口な方でいらっしゃいますのね、レイ様は」 そうすれば、相手は苦笑と共にこう口にした。 「御気分を害したのであれば、申し訳ありません」 素直に謝罪をすれば、彼女はころころと笑いを漏らす。 「気になさらないでくださいませ。ただ、少し驚いただけですわ」 それに……と少女はレイを見つめてくる。その瞬間、先ほどまでの柔らかな雰囲気がかき消された。 「貴方の御本心を知りたかったのですわ、私は」 その視線に含まれる意志の強さに、レイは一瞬、気圧されてしまう。 「貴方はあの方と親密な関係にあった。だからこそ、私は気になるのですわ。私たちが《彼》を取り戻したとき、貴方がどうなさるおつもりなのか、を」 この言葉に、レイは背筋を冷たいものが伝い落ちていく感覚に襲われる。 同時に、彼等が何故、この少女を『恐ろしい』と言ったか、初めて認識できた。 「確かに……彼を恨んだ時期もあります。ですが……それがあの人の望みだったのであれば、それは逆恨みにしかならないでしょう」 だから、彼に関しては特別な感情を持っていない。それが戦場では当然のことなのだし……ともレイは思う。 「ですから、ご心配はいりません」 「そうおっしゃって頂いて、安心いたしましたわ」 ふわりと、彼女がまた微笑みを浮かべる。その瞬間、周囲を覆っていた空気が一変した。 「では、私はこれで」 その事実に安堵しながら、レイはこう告げる。 「ご苦労様でした。こちらでも何かわかりましたら、ご連絡を差し上げますわね」 そうすれば、彼女は見送ってくれるつもりなのだろうか。軽い動きで立ち上がった。そのまま、先に立って歩き始める。 「お願いいたします」 その言葉の裏に隠されているものを感じ取って、レイはその華奢な背中に向かってこう告げた。 |