「……オーブか……」
 シンは小さな声でこう呟く。
 自分はここで生まれて、ここで育った。そして、ここでいつまでも過ごすのだ、と思っていた。
 しかし、その希望はあの日潰えてしまった。
 あの日――地球軍のオノゴロ侵攻があった日、せめて、後少しだけ早く非難指示がでていれば、誰も死なずにはすんだのではないか。
 実際、あの機体が自分たちを守ってくれていたことをシンは覚えている。
 蒼い翼を背負った白い機体。それが《フリーダム》という名前だったことを、シンは後から知った。
 一瞬、ここが戦場であることすら忘れてしまうほど、その動きは凄かった。そう言ったら怒られるのではないかとは思うものの、その一角だけがまさしくゲームの中の画面のように思えたのだ。
 だが、所詮は多勢に無勢。
 避難民を守ろうとするために自分が有利な位置を確保できなかったせいだろう。フリーダムは次第に圧され始めた。
 そして、あの悲劇は起きたのだ。
「……あのパイロットがどれだけすばらしい技量を持っていたって……あれだけ数に差があれば……」
 全てを守りきれるはずがなかった。だから、そのパイロットに関しては何の感情も持っていない。
 しかし、オーブは……そして《アスハ》となれば話は別だ。
 非難指示をもっと早く出してくれていれば――そして、もっと避難民を移動させるための手段を用意してくれていれば、自分たちだけではなくあのパイロットもあそこまで追い込まれなくてよかったはずだ、とシンは思う。
 そして、今はあの日のことを忘れたかのように表面上だけ綺麗な世界を作っている。
 まるであの日、この地で犠牲になったものなどいないのではないか。そう思わせる光景だ。
 だが、そんなことはあり得ない。
 自分たちは確かにここで生きていたのだし、この地で自分以外の家族は無惨な死を迎えたのだ。
 だから、とシンは心の中で呟く。
 自分は何があっても《アスハ》を、そして、そのアスハが代表を務める《オーブ》を認めないのだ、と。
「シン」
 そんな彼の耳に、落ち着いた声が届く。
「何か、用か?」
 レイ、と相手の名を呼びながらシンは振り向いた。
「上陸許可が下りたが……お前はどうする?」
 おそらく、誘ってくれているのだろう。だが、それにどう答えればいいのか、シンにはすぐにわからない。
 それでも、とシンは心の中で呟く。
 行かなければいけない場所があるのは事実だ。
「上陸するさ」
 こう言い返せば、
「……そうか……」
 とレイはかすかに眉を寄せた。それは、きっと、自分がこの国にどのような感情を抱いているのか知っているからだろう。
「どこに行く気だ?」
 この問いかけは、自分が無茶をしない用に……と言うことか。
「……あの戦いの時に、死んだ……人たちの慰霊碑がある、と聞いたからな」
 あの時、自分は家族の遺体を葬ることができなかった。だから、せめて……と思うのだ。それで彼に何かを言われたとしても仕方がないだろう、とも考える。
「そうか。なら、俺の行く場所と近いな。途中まで一緒に行くか?」
 しかし、レイの口から出たのはまったく予想外のセリフだった。
「レイ?」
「その方がいいだろう……お前には、な」
 違うのか……という言葉にシンは苦笑を返すしかできなかった。

「ステラ……ステラ、どこ?」
 与えられた屋敷の中を、キラはこう口にしながら歩いている。しかし、それに対する答えは返ってこない。
「まだ、帰ってこないのかな」
 だとすればまずい、とキラは思う。
 先ほど、フラガから連絡があったのだ。彼等が戻って来ると同時にここを引き払うことになった、と。だから荷物の整理をしておけ……と彼は告げてきた。
 それについてはかまわない。
 元々、個人的な荷物など少ないのだ。だから、片づけもすぐに終わってしまった。
 アウルやスティング達も、そう言うことに関してはすぐに終わらせることができるだろう。しかし、ステラは違うのではないか。
 彼女の性格を考えれば、少しでも早く準備をさせたい……と思ってしまう。
 それでなくても、自分たちはあまりここからでない方がいいのだ。誰かに顔を覚えられてしまえば、後で困ることになりかねない。そうも考えてしまう。
「探しに行かなきゃ……」
 一番見られてまずいのは自分だ、という自覚はある。
 しかし、それ以上にステラに何かあったら困る……とキラは考えてしまう。
 ここは危険ではない。そして、ステラの実力も疑ってはいない。
 だが、万が一と言うこともあるだろう。
 そう考えると、キラはテーブルの上にあったフラガのミラーグラスを取り上げる。そして、アウルのキャップも。
 こんなもので《彼等》の目をごまかせるとは思わない。だが、少しでも気づくのを遅らせる役には立つのではないか。そう判断したのだ。
「一番いいのは……あの人達に会わないことなんだろうけどね」
 ステラがいる場所によるかな……とキラは小さくため息をつく。それでも放っておけないのは、彼女を可愛いと思っているからだろう。
 そんなことを考えながら、手早くセキュリティを変更する。
 作業を終えると、そのまま裏口へと向かった。
「ムウさん達が戻ってくる前に帰ってこられるといいんだけど……」
 だめだったら、諦めて怒られよう……とキラは呟く。そして、そのまま裏門に手をかける。
 こんな、滅多に使われないような別宅でも手入れだけは怠っていないのだろう。ほとんど力を入れなくてもそれはあっさりと開いた。
「あの子は、海が好きだから……」
 多分、海岸の方だな……とキラは呟く。
 そして、そちらに向かって駆けだしていった。