「……さて……今度こそ、当たりくじが入っているといいんだが」
 こう言いながら、バルトフェルドはキーボードを叩く。
「ここまで見事にあの二人の形跡を隠してくれるとは、さすがと言うべきなのかね」
 それとも……と彼は言葉を続けようとする。
「キラ君の仕業かも、しれないわね」
 だが、それよりも早くマリューがこう口にした。
「……どうして、そう思うのかね?」
 自分よりも彼女の方が二人についてはよく知っている。だから、どうして彼女がそう判断したのかを聞きたい、と思う。
「キラ君にとって……《ムウ・ラ・フラガ》という存在は、ただの戦友なんていうものではなかったから……かしら」
 恋人と言うだけでもない。
 彼にとっては、間違いなく生きていく上での《支え》であり《道しるべ》だったのだろう。
 そして、フラガにとって見れば共に戦いそして支えてやらなければならない存在、だった。その存在があったからこそ、彼もあの戦いの中で真実を見つけ出すことができたのではないか。
 マリューはそう口にする。
「だから、もし、私たちに居場所が知られたらムウから引き離される……とキラ君が思っているのであれば、自分から進んで痕跡を消すでしょうね」
 意識を縛られているからではなく、フラガと離れたくないからこそ、と彼女は言葉を続けた。
「そう考えるだろうね、少年なら」
 だからこそ、厄介なのかもしれない……とバルトフェルドは思う。
「しかし、そうなると……見つけ出すのはかなり難しいね。せめて、何か動きを見せてくれれば別だろうが……」
 それはすなわち、この平和が壊れるときだろう、と考えられる。
「カガリ達の努力を無駄にすることと同意語だからな、それは」
「ですが……このままでは、いつ、彼の方が爆発するか、わからないですからね」
 カガリはまだいい。彼女には《オーブ》という枷がある。
 だが、アスランにはそれがない。そう言いたいのだろう、マリューは。
「そうさせないために、カガリの護衛に付かせたのだけどね、彼を」
 逆効果だっただろうか。そうも思う。
「しかし、情報がつかめない以上、動きようがない、と言うことも事実だね。オーブ軍はザフトですら、彼等の居場所をつかめないんだ。アスランにもそのくらいの分別はあると信じたいね」
 こんな会話を交わしながらも、バルトフェルドは次々と手に入れた情報を整理していく。もっとも、本来はこのようなことは苦手なのだ、と彼は心の中で呟いた。
 それでも、現状では自分が行うしかない。
「……そうですね……」
 さりげなく、そんなバルトフェルドの手助けをしながら、マリューも頷いてみせる。
「それでも、キラ君達が戻ってきてくれれば……全ては笑ってすませられるのでしょうね」
 どのようなことでも、彼等さえ自分たちの元へ戻ってきてくれればそれで……と彼女は呟く。
「その日のために、努力をするしかないんだがね」
 さて、もう一がんばりしますか。そう言ってバルトフェルドが笑えば、マリューも微笑み返してきた。
「そうですね。愚痴を言っても何にもなりませんものね」
 さらりと言い返してくる彼女の言葉が心地よいと思える。
「終わったら、またコーヒーの味見をお願いしようかね」
「お引き受けしますわ」
 この一言で、バルトフェルドは気分が少しだけだが軽くなった気がした。

「……カガリ……無謀だ、というのはわかっているな?」
 彼女の考えを聞き終わった後、アスランはこう問いかける。
「あちらはともかく……セイランをはじめとした者達がどう考えるか。そして、どう動くか。全て、覚悟の上だな?」
 もちろん、彼等が表立って反対することはないだろう、とアスランは思う。カガリがそうしようと考えた一因は、地球連合からの突き上げがあったからだ。
 だが、と心の中で付け加える。
 彼女自身が足を運ぶと言うことに関して、彼等は良いとは思っていないらしい。まして、その同行者が自分だけだ……と言うことに余計に不安を感じているのだろう。
 別に、カガリ自身には友情以上のものを抱いていないのに、とアスランは心の中ではき出す。そして、カガリも自分には友情以外の感情を抱いていないはずだ。
 別段、男と女だからと言って、すぐに恋愛関係になるわけではない。友情を保ち続けることだってできるだろう、と思う。
 何よりも、自分たちには共通の目的がある。
 それを果たすまでは恋愛なんて考えられない。
 いや、その目的を果たしたとしても、自分には恋愛をする余裕がないかもしれない、とアスランは考えている。
 自分が欲しいのは、ただ一つの存在なのだから。
 そして、その存在は、今、間違った場所にいる。
 自分自身の意志を縛られ、現在の居場所が正しいのだ、と思いこまされているはずなのだ。
「もちろん、わかっている……だが、あるいはこれが何かのきっかけになるかもしれないだろう」
 何の、とは彼女も直接口にしない。だが、何を指しているのかは十分伝わってくる。
「……その気持ちが、正しいとか間違っているとか……それはどうでもいいんだ。ただ、側にいてくれさえすれば……それでいい」
 自分の目の前にいて笑ってくれるなら……と彼女は呟く。
「あいつが側にいたとき、本当に幸せそうに微笑んでいたんだ。だから、どうしてもあいつが必要だっていうなら、なんとでもしてやるさ」
 ただ、この考えは賛成できない、とアスランは思う。
 確かに、あのころはそうだったかもしれない。だが、キラが自分たちの前から失われたのは、あの男――フラガが、キラを連れ去ったからではないか。そこにどのような理由があったとしても納得できるわけがない、と思う。
 それに、キラはすこしずつだが自分の存在を受け入れてくれていたこともまた事実だ。
 もう少し時間があれば、あの男のことを完全に忘れさせる……とはいわないが、過去のことにさせることは可能だったのではないか、とも考えてしまう。
「そうだな」
 それでも、キラを取り戻すことが先決だ……という意見には賛成だ。そして、忌々しいが、フラガの存在も、だ。
 もし、彼の存在を再び失えば、キラの精神が耐えられるかどうかわからない。そうみんなからいわれている。アスランを選ぶにしても、それはキラの意志でなければいけないのだ、とも。
「まずは、ここに連れ戻すことが先決だな」
 それに関しては同意をしておこう、とアスランは自分に言い聞かせる。
「それからだ、全ては」
 だが、実際にキラの姿を見たら、自分は自分を抑えきれるだろうか。
 それはわからない。
 だが、それを考えるよりもキラを取り戻すことを考えよう。アスランは心の中でそう呟いていた。