「……キラ……あのね」
 こう口にしながらステラがそっと体をすり寄せてくる。
「どうしたの?」
 そんな彼女の髪の毛をキラは優しくなでてやった。
「私、大丈夫だよね?」
 そうすれば、ステラはほんの少しだけだが安心したような表情になりながらこう問いかけてくる。
「ちゃんと、帰ってこれるよね?」
 これからの作戦に緊張をしていているのか。それとも、使い慣れない機体に不安を感じているのかもしれない。彼女の表情からキラはそう推測をする。
「大丈夫だよ」
 だから、ふわりと微笑むとステラが欲しがっているだろう言葉を口にし始めた。
「ステラもみんなも、強くなったから……ちゃんと戻ってこられるよ」
 でなければ、ネオが許可をしないだろう? とキラはさらに言葉を重ねる。彼は、スレら達に無理な作戦を押しつけることはないのだから、と。
「帰ってこれる……」
「帰って、来てくれるんだよね?」
 自分に言い聞かせているらしいステラに向かって、キラは逆にこう言い返した。
「僕やネオさんのために、ステラはここに、帰ってきてくれるんだよね?」
 ステラは強いから……と微笑めば、ステラは小首をかしげる。
「ステラ、強いの?」
「強いよ。だから、絶対に帰ってこられる」
 心配しなくていい、とキラは微笑み返す。
 もちろん、それが詭弁だ……と言うことはわかっていた。どれだけ優れた技量を持ったパイロットでも、万が一という可能性はあるのだ。
 それでも、自分の言葉で彼女の気持ちが楽になるならそれでかまわない。
「……キラが、そういうなら……信じる」
 ふわりとステラは微笑んだ。そして、キラの胸に自分の耳を押し当ててくる。
「キラと、ネオは……ステラに、嘘、言わないから」
 この言葉にキラはほんの少しだけ胸が痛む。
 確かに、嘘は言っていない。だが、真実を全て告げているわけでもないのだ。もっとも、それは自分に対するフラガも同じだろう。だが、それはそれでかまわない、とキラは考えていた。
 彼が全てを話さないからこそ、自分はこうして彼を信じていられるのだ。
 そして、それはステラ達も同じなのだろう。
「……そうだね」
 優しくステラの髪をなでながらキラは頷いてみせる。
「だから、キラが言うなら……ステラ、帰ってくるね」
 そうしたら、また、抱っこしてね……と彼女は無邪気な口調で告げてきた。
「わかっているよ、ステラ」
 いくらでも抱きしめてあげる……とキラは口にする。そうすれば、彼女は本当に嬉しそうに微笑んで見せた。

 キラがその機体を見つけたのは、本当に偶然だった。
「……まさか……」
 他の人間であれば、あるいは気づかなかったかもしれない。
 それよりも、彼があそこにいるはずがないのだ。
 少なくとも、この前調べ上げた情報では《彼》は《プラント》ではなく《オーブ》にいたはず。
 それでも……とキラの中でもう一人の《自分》が間違いない……と囁いてくる。
 あの機体が見せる《癖》はあのころによく見た《彼》のものだ。
 いや、よく見れば彼だけではない。
 ひときわ目をひく機体の中に、良く見知った動きをするものがある。
「……みんなが……」
 あそこにいるのか……とキラは唇をかむ。それは、間違いなく被害を少しでも減らすためだろう。自分だって、あちらにいれば同じ事を考えたに決まっているのだ。
 だが、今の自分はそれを手助けする事もできない。
 いや、むしろ逆の立場だ。
「……ごめん……」
 ここにいることは、自分が決めたこと。
 フラガの側にいるという事実が、自分にとって譲れない一線ではある。
 だが、それでも彼等に対する謝罪の気持ちが生まれてこないわけではないのだ。
「みんなの……大切なものを壊す手助けをしてしまって……」
 そして、あそこに眠る人たちの安らかな眠りすら壊してしまった。
 そのことに関する慚愧の念は、ゆっくりと地球へ向かっていくユニウスセブンの姿と共に大きくなっていく。
 しかし、ともキラは呟く。
 彼等はそうして地球の大地に還る事ができるのではないか。
 今度こそ、もう、誰も彼等の眠りを妨げることはないだろう。
 だから……と呟く言葉が、あくまでも詭弁でしかないことをキラは知っている。だが、そう考える以外に、この慚愧の念に押しつぶされない方法をキラは見つけられないのだ。
「……ごめんなさい……」
 今はもういない、大好きだった人に向けてキラはこう呟く。
「許してください……なんて、言えないから……」
 もう、と告げるキラの瞳から、涙が静かにこぼれ落ちる。
「ただ……アスランだけは、守ってあげてください」
 彼が辛い思いをしないように……とキラはレノアに向かって呟く。自分にはもうそう祈ることも許されていないかもしれないけど……とも付け加える。
「僕たちは……いずれ、地獄に行くだろうけど……アスランは、おばさまの所に行くはずだから……」
 それも、自分が選んだことだけど……とキラは呟く。
 その時だ。
 帰還を促す信号弾が虚空を彩る。
「みんなが、帰ってくるね」
 なら、不安な顔を見せるわけにはいかない。キラはそう考えて意識を切り替える。
「ステラだけじゃなく、アウルも甘えてくるかな」
 なら余計に、自分は笑っていないと……とキラは思う。そして、そのまま背後の光景を忘れようとするかのようにその場を離れた。