「でも、どうすればいいんだ?」
 カガリがこう呟く。
 それに対する答えは一つしかない。それを認めたくはないが……と思いながらもアスランは口を開いた。
「砕くしかない」
「アスラン!」
 カガリが何故こう言ってくるのかはわかる。あそこには、自分の母が眠っているのだ。
 だが、と思ったときだ。
「軌道の変更など不可能だ。衝突を回避したいのなら……砕くしかない」
 どこか聞き覚えがある声が淡々と説明をしているのが耳に届く。
「でも、でかいぜ、あれ。そんなもん、どうやって砕くの?」
 確かに、それは難しい問題だ。だが、できないわけではない。
「それに……あそこにはまだ、死んだ人たちの遺体もたくさん……」
 悲しげな少女の声が別の問題もあらわにする。
「だが、衝突すれば地球は壊滅する。そうなれば何も残らないぞ。そこに生きる者は」
 感傷だけで物事を進めるわけにはいかないのではないか。
 その声が言外に告げているセリフが、アスランには自分に向けられた者のように感じられる。もちろん、そんなことはないとわかっていても、だ。
「地球……滅亡?」
「……だな……」
 重苦しい沈黙がその場に漂い出す。それに耐えかねたのだろうか。
「はぁ……でも、ま……しょうがないっちゃ、しょうがないか? 不可抗力だろ?」
 整備士の一人がこんなセリフを口にした。
 もちろん、自分たちがここで聞いているとは思ってもいないのだろうが。しかし、それでも不用意だとしか言いようがないセリフではある。
「けど、変なごたごたも綺麗になくなって、案外楽かも。俺たちプラントには」
 このセリフで完全にカガリの理性が切れた。
「カガリ!」
 止める間もなく、カガリは中に踏み込んでしまう。仕方がなく、アスランも彼女の後を追いかけた。
「よく、そんなことが言えるな、お前達は!」
 もっとも、彼女の怒りも理解できないわけではない。
 そして……この中にも、地球に肉親がいる者がいないわけではないはずだ。もっとも、その相手と親しいのかどうかはわからないが。
 何よりも、彼等はプラント以外を知らないのだろう。
 だから、傲慢とも言えるセリフを冗談でも口にできる。そのことをカガリはできないのだろう。彼女にしてみれば、地球は自分の《故郷》なのだろうし。
「これがどういう事態か! 地球がどうなるのか! どれだけの人間が死ぬことになるのか! 本当にわかっていっているのか、お前達は!」
 だが、適当なところでやめさせなければいけないだろう。
「……すいません……」
 どうやら、相手も軽口については反省しているようだし……とアスランは考える。しかし、それを頭に血が上っているカガリに理解させるのは難しいかもしれないが。
「やはりそういう考えなのか! お前達ザフトは!」
 カガリの怒りの矛先が個人からザフトへと向けられる。
 さすがに、これは見逃せない。
「よせよ、カガリ」
 ともかく、彼女を落ち着かせなければいけない……とアスランは判断をする。でなければ、彼等と自分たちの間の隔たりが大きくなってしまうだろう。
「だけど、アスラン……」
 予想通り……と言うべきか。カガリはすぐに納得しようとしてはくれない。
 だが……と思ったときだ。
「別に本気で言ってたわけじゃないさ、ヨウランも」
 どこかあきれたような声がその場に響き渡る。
「そんくらいのことも、わかんないのかよ! あんたは?」
 だが、それだけではない。
 もっと別の感情がそこには含まれていることをアスランは気づいていた。
「なんだと!」
 しかし、それを指摘することよりも先に、カガリを抑えることをアスランは優先する。こんなところで彼女にケガをさせるわけにはいかないのだし、とそう判断したのだ。
「シン……言葉に気を付けろ」
 そして、彼の方はもう一人の紅服を身に纏った少年が注意を促すように声をかけている。
「あぁ、そうでしたね。この人、偉いんでした。オーブの代表でしたもんね」
 しかし、それは相手には通用しなかったらしい。
 それは一体どうしてなのか。
「お前!」
 カガリがアスランの腕の中から逃れ出ようとするかのように暴れる。
「いい加減にしろ、カガリ!」
 その彼女を、少しきつい口調でしかりつけた。それは、ボディガードとしてはいささか行きすぎた行為だ、と言うことはわかっている。だが、彼女をしかりとばせる人間が、ここでは自分以外いないのだから仕方がないだろう。
 アスランのこの剣幕に、カガリも気圧されたのだろうか。とりあえずおとなしくなる。
 それを確認して、アスランはシンへと視線を向けた。
「君はオーブが嫌いなようだが……何故なんだ? くだらない理由で関係ない代表にまで突っかかるというなら、ただではおかないぞ」
 最悪、国交問題になる……と言外に含ませて言葉を投げつける。こうまで言われてしまえば、目の前の相手も本音を漏らさざるを得ないだろう、と計算してのセリフだ。
「くだらない?」
 少年の、真紅の瞳に怒りが滲む。
「くだらないなんて言わせるか! 関係ないって言うのも、大間違いだね!」
 そのまま憎しみすら感じさせる眼差しをカガリへと向ける。
「俺の家族は……アスハに殺されたんだ!」
 そして、こう叫んだ。
「国を信じて、あんた達の理念を買って言うのを信じて……そして最後の最後に、オノゴロで殺された!」
 それがくだらないことなのか! と彼の瞳が告げている。
 アスランには彼の気持ちを否定することができなかった。同じような表情で同じようなセリフを叫んだ記憶は、まだ新しいものなのだ。
「だから、俺があんた達を信じない! オーブなんて国も信じない!」
 それ以上にカガリにはショックだったらしい。
 彼女の表情にはっきりと動揺が浮かんでいた。
「そんな、あんた達が言うきれい事を信じない!」
 確かにカガリの言葉は『きれい事』に聞こえるかもしれない。しかし、それを必要としている人間もいるのだ……と目の前の少年は考えないのだろうか。
 ともかく、カガリをどうやってなだめるか。そんなことをアスランは考えていた。