「なんだって! ユニウスセブンが動いているって? いったい何故……」
 カガリの驚愕も当然だろう。自分も信じられないのだ。
「それは……わかりません……」
 あるいは、目の前の二人もそうなのかもしれない、とアスランは判断する。珍しくもデュランダルの声に焦りとも似た色が含まれているのだ。
「だが、動いているのです。それもかなりの速度で、最も危険な軌道を……」
「それは本艦でも確認いたしました」
 よくよく見れば、彼等の瞳は赤い。その連絡が届いたときから眠っていないのか。もっとも、そのような報告を耳にすれば当然だろう。
「しかし何故そんなことに? あれは百年単位で安全軌道にあると言われいたはずのもので……」
 そして、多くの同胞の墓標だ。
 あの事件がなければ、今のような状況にならなくてすんだはず。
 そう思っているのはアスランだけではないだろう。
「隕石の衝突か、はたまた他の要因か……」
 隕石ならばいい。
 だが、それが人為的なものであれば、とアスランは心の中で呟く。間違いなくまた世界は混乱の渦の中にたたき込まれるだろう。
「ともかく……動いているのですよ。今、このときも、地球に向かってね」
 そして、そのような事は目の前の人物にはわかりきっていることなのか。
「……落ちたら……」
 カガリが震えを抑えきれない声で言葉をつづり出す。
「落ちたら、どうなるんだ? オーブ――いや、地球は!」
 宇宙にいる自分たちは安全だろう。しかし、あの惑星には今も多くの人間が住んでいるのだ。その中には知己も多い。
 そして、とアスランは心の中で付け加える。
 あるいは《キラ》もまだ、地球上のどこかにいるかもしれないのだ。
「あれだけの質量のものです……申し上げずともそれは姫にもおわかりでしょう。原因の究明や回避手段の模索に、今プラントも全力を挙げています」
 カガリも決して無能ではない。むしろ、有能な指導者になれる存在だ。ただ、その才能を伸ばすことを邪魔するものがいるだけだ、と言っていい。
「私は、間もなく終わる修理を待って、このミネルバにもユニウスセブンに向かうように特命を出しました。姫にもどうか、それを御了承頂きたい」
「無論だ!」
 デュランダルの言葉に、カガリは即座に言い返す。
「これは私たちにとっても……いや、むしろこちらにとっての重大事だぞ! 私……私にも何かできることがあるなら……」
 カガリの脳裏に浮かんでいるのはサハクの事だろうか。彼等の協力を取り付けられれば……と思っているのかもしれない。しかし、それは諸刃の剣だ、とも言える。
 カガリを祭り上げる対象が、替わるだけ、という。
「お気持ちはわかりますが……どうか落ち着いてください、姫。お力をお借りしたいことがあれば、こちらからも申し上げます」
 結局、ここでは自分たちには何の権限もないのだ。それでも、状況を伝えられるだけましなのだろう。
 その事実はカガリにも伝わったらしい。
「……あぁ……すまない」
 渋々と言った様子で腰を上げる。
「また……何かわかれば、すぐにご連絡しますよ……歌姫のことは、私も気にかけております故」
 さりげなく付け加えられた言葉に、アスランはかすかな引っかかりを覚えた。
 いや、彼等が《ラクス》を心配するのは当然だろう。だが、その言葉の裏に親しさが滲んでいるように思えるのだ。
 もっとも、ラクス自身、どこにどのようなパイプを持っているのかわからない存在ではある。だから、彼に直接のパイプを持っていたとしてもおかしくはないのか。そんなことを考えながら、アスランはその場を後にした。

「……レノアおばさま……」
 いや、彼女だけではない。
 あの場にはもっと多くの人々が永遠の眠りに就いている。いくら作戦に必要だからとはいえ、そんな場所を使うなんて……と思わないわけではない。
 だが……とキラが心の中で呟いたときだ。
「辛いか?」
 言葉と共にふわりと腕が絡められる。
「……いいえ……」
 そんなことを言っても、彼にはすぐにばれるだろう。そう思いながらもキラは否定の言葉を口にする。
「それが……俺に通用するとは思っていないよな、キラ」
 案の定、というのだろうか。少し苛立ちを含んだ声がキラの耳に届く。
「……だって……」
 そんな彼に向かって、キラは自分の気持ちを伝えようと口を開いた。
「そう思わないと……見ていられなくなるから……」
 作戦上必要だとわかっていても、何とかできないかと動きたくなるだろう。もっとも、フラガが何も考えられない状況にしてくれるなら話は別だろうが……とキラは羞恥を抑えて付け加えた。
「なるほどな……俺としても、ご要望にお応えしたいところだが……」
 作戦が控えている以上、それは難しい……と苦笑を浮かべつつフラガは優しいキスを贈ってくれる。
「……どうしても辛いようなら……眠っているか?」
 全てが終わるまで……と彼は囁いてきた。
「イアン達は……お前にもブリッジにいて欲しいようだがな」
 気に入られたようだな……と彼は苦笑を滲ませる。
「……でも……僕は……」
 そこにいるべき人間ではない……とキラは思う。だから、あそこにいない方がいいのだ、とも。
「わかっているって。キラの好きなようにすればいい」
 ただし……とムウはため息をつく。
「今回の作戦は……ステラにもきついからな。あいつらが帰ってきたら側にいてやってくれ」
 自分はすぐに動けないだろうから……と彼は呟くように告げる。
「わかっています」
 責任者である以上、それが当然のことだ。だから、それ以外のことで自分にできるフォローはしたい、とキラは思う。
「僕にできることは、そんなに多くありませんし……ステラ達はなついてくれているから」
 彼等の側にいることぐらいでしたら……とキラは口にする。
「頼むな。時間が空き次第、俺もすぐに行くから」
 それまで、キラもいいこで待っていろ。この言葉と共に、今度はキラの唇の上にフラガのそれが重ねられた。