ベッドの上で華奢な体が身じろぐ。 「キラ? 目が覚めたのか?」 言葉と共に、フラガはそっとキラの頬に手を当てた。 そのぬくもりに、キラはふわりと微笑んでみせる。その表情に安堵を覚えながらもフラガはさらに言葉を重ねる。 「具合は、悪くないな?」 「……ムウさん?」 そうすれば、キラはどうしたのだろうか、と言うように小首をかしげてみせた。 「僕、眠っていただけですよ?」 それなのに、どうして具合が悪くなると思うのだろうか。別段、寝る前も普通だったのに……とキラは呟いている。 だからといって、真実を知らせるわけにはいかないだろう……とフラガは心の中で呟く。 「お前さんの寝相が、ちょっと見事だったんだよ」 もっとも、キラのせいではないが……と彼は付け加えた。もちろん、本音はしっかりと隠している。 「あいつらがちょっとミスってな。船体が大きく揺れたんだよ」 そのせいで、キラがベッドから落ちたのだ……と笑って見せた。だから、頭を打ったかもしれない、と思ったのだとフラガは口にする。 「そう、なんですか?」 どこか不審そうにキラは目を細めた。フラガ自身、このいいわけは苦しいかもしれない、と思っているのだ。自分ほどではないが、それなりに経験があるキラにしてみれば、納得できないのかもしれない。 「あぁ。やっぱ、まだ実際の機体を預けるのは早かったかもしれねぇな」 もう少しシミュレーションであれこれたたき込んでおくべきだったか……とフラガは笑った。 「いっそ、お前が相手をしてくれるか?」 キラがシミュレーションの相手をしてやれば、あいつらも多少は考え直すだろうか。そんなこともフラガは口にする。 「僕は……かまいませんけど……」 シミュレーションぐらいであれば……とキラは言葉を返してきた。それはきっと、そう言えば自分が喜ぶだろうと考えているからだろう、とフラガは思う。 だが、と彼は心の中で呟いた。 それは、キラ自身の意志なのだろうか。 それとも、刷り込まれたものなのか。 どちらが正しいのかわからない。だが、それでもかまわない……考えたのも、間違いなく自分なのだ。 「頼むな。あいつらを……死なせたくないからな」 自分に付けられた三人の子供達。 彼等が慕ってくれるのも、間違いなく刷り込まれた意識のせいだ、と言うことはわかっている。それでも、今はもうその存在が自分の傍らにないと落ち着かない、と言うこともフラガの本音だ。 しかし、と心の中で呟く。それでも、目の前の存在とは比較できないのだ。 自分にとって優先しなければいけないのは自分を見つめているすみれ色の瞳。 それだけは譲れない、とフラガは心の中で呟く。 「わかっています」 ふわりとキラが微笑む。 この微笑みを護りたいから、自分は多くの仲間達を裏切っているのだ。 いや、それは違うな……とフラガは心の中で呟く。 この微笑みをじぶんのものだけにしておきたい。だからこそ、自分は彼を彼の世界から引き離したのだ。 「頼むな」 言葉と共にフラガはそっと顔を寄せていく。 彼が何をしようとしているのかわかったのだろう。キラはすっとまぶたを閉じる。 ふっくらとした唇に自分のそれを重ねた。少しかさついているのは、キラが寝起きだからだろうか。 少しでもその唇に潤いを与えてやろうか、と言うようにフラガはさらに深いキスを贈った。 「どうやら、十分使えるようになったようだね」 目の前の相手がこう言って笑う。その言葉を耳にした瞬間、フラガは思いきり眉間にしわを寄せてしまった。こう言うときにだけ、この鬱陶しい仮面をかぶっていて良かった、と思うのだ。 「他の者達も、あれを欲しがるくらいだよ」 しかし、そんなフラガの努力をあざ笑うかのように目の前の男は言葉をつづる。 「あぁ、心配しなくていいよ。私は約束を破るつもりはない」 システムを含めて、あれの権利は君にある……と彼は低い笑いを漏らした。 「ただ、そろそろ成果を見せてもらわないとね」 そして、こう告げる。 「面白い情報も手に入った。君達の初陣にはうってつけだと思うが、ね」 検討してみてくれないか……とはいうものの、それが強制だ、と言うことはわかっていた。自分たちに拒否権はないのだ、と言うことも、だ。 ただ、自分たちにはどのような手段を使ってそれを行うか、と言うことに関しての自由は認められているだろう。 つまり、逆に言えばフラガの立案、実行力が試される……と言うことだ。 「……わかりました」 だが、それに関しては情報がわからないうちはどうしようもない。 いや、与えられた情報だけで足りない可能性だってあるのだ。その時は、キラに情報を集めてもらわなければいけないだろう。 結局、あの子供に負担をかけてしまうことになるのか……とフラガは小さくため息をつく。 「ともかく、情報を確認させて頂けますか?」 今回の件に関してどれだけの情報を相手が渡してくれるか。それで自分に対する信頼をはかることも可能だろう。 「もちろんだよ。快く引き受けてくれることを期待しているよ」 小さな笑いと共に、男はこういった。 「返答は……そうだね。今週中にもらえるかな」 どちらにしても……という言葉にフラガは時間がないな、と思う。今週中と言えば聞こえはいいが、三日以内に情報を解析して返答をしなければいけないと言うことだ。いや、もっと正確に言えば二日半、だろうか。 「わかりました」 どちらにしても、そう大差はないな……とフラガは思う。 それに、と心の中で呟いた。 あの子供の命を守るためならどのようなことでもできるさ、と。そのために、自分は今もこうしているのだから。 「できるだけ早く、ご返事をさせて頂きますよ」 こう告げるフラガに、相手は満足そうな笑みを浮かべていた。 |