目覚めては再び眠りの中に戻される。
 そんな日々をいったいどれだけ続けたのだろうか。
 フラガにもそれはわからなかった。
「どうやら、動いても大丈夫なようだね」
 痛みに顔をしかめることなく起きあがれるようになったとき、意識の片隅に残された声の主が現れた。
 穏やかな物腰。
 だが、その裏に何か武器を隠しているように思える。
 フラガが知っている中で一番近い印象を抱いているのは砂漠の虎ことバルトフェルドだろうか。
 だが、彼と違って目の前の相手には嫌悪を感じてしまう。
「……俺に、何をさせたいわけだ?」
 おぼろげながら覚えている記憶の中で、この声の主は自分を《フラガ元少佐》と呼んだ。つまり、自分がどのような立場にあったかを知っている、と言うことだろう。
 そして、軍では自分のような存在にどのような処断を下すかも、だ。
 だが、とも思う。
 そんなことをするくらいなら、こんな風に治療を受けさせないはずだ。
 ある一定時間、立っていられるのであれば軍事裁判を受けさせるのに十分であるはず。
 しかし、目の前の相手は懇切丁寧に自分に治療を施したのだ。しかもだ。消せる傷も全て消すということまでしてくれた。
 これは、何か目的があってのこと……と考えるしかないだろう。
「いずれ……ですね。今は、ともかく体のことを考えて頂くのが優先だと思いますよ」
 そう言って、目の前の相手は唇の端をかすかに持ち上げた。
「……で、納得できると?」
 むしろできない。いや、その裏を考えて落ち着かない……という方が正しいのか。
「なるほど……熟練の勇者には余計な駆け引きは無効と言うことですな」
 これは失礼をしました、と相手は頭を下げる。
 もちろん、まったくと言っていいほど謝罪の気持ちは伝わってこない。
「それに関しては、こちらの認識不足でした。普段、そのような世界に生きていないもので。どうしても自分の物差しで測ってしまうようですね」
 くくっと笑う声も気に入らない、とフラガは思う。だが、それを指摘して相手の目的を聞き出せなくなってしまえば困る。
「で?」
 それでも、相手に向かって抗議を伝えないわけにはいかない。仕方がなく、態度でそれを示しながら、次の言葉を促す。
「欲しいものがあるのですよ。そのために、どうしてもこちらに来て欲しい人物がいるのですが……残念なことに、こちらの言うことを信じてもらえそうにないのでね」
 だから、フラガの存在が必要なのだ、と相手は付け加える。
 この言葉から、いったい誰を必要としているのだろうか……とフラガは思う。
 自分の存在が相手にとって重要でなければいけない、と言うことはわかる。だが、そう思ってくれいる相手がどれだけいるか、と思うと疑問だ。
 同時に、思い浮かんだのは一つの面影である。
「……キラ……?」
 あのかわいそうな子供なのだろうか。目の前の相手が欲しているのは……
「えぇ、そうです。我々が必要としているのは、あの子供です」
 いろいろな意味で……と相手は笑みを深める。
「有能な存在は、是非とも手元に置いておきたいですからね」
 言葉からすれば、ヘッドハンティングだ、と思えるだろう。
 だが、その口調は……何というか、新しい道具を欲しがっているように思えてならない。それは、あの連中と同じだ、とフラガは心の中で付け加えた。
 自分とキラが初めて出会うことになったあの事件。
 そのきっかけを作った大バカものと……と。
 あの日のことは今でも思い出すことができる。
 自分が命じられて足を踏み入れたのは、コーディネイター達を自分たちの都合のよい存在として作り替えるための研究所だった。
 ある意味、精神がおかしくなったものはまだマシ、といえる状況の中、キラは正気を保っていた数少ない存在の一人だった。それでもあの子供は過去を奪われ、そして、ナチュラルを守らなければいけないという強迫観念を植え付けられた。
 自分を選んでくれたのも、その延長線上にあったのではないか。
 こう考えて不安を感じていたこともフラガは否定しない。
 それでも、キラは全てを思い出しても自分を選んでくれた。
 だからこそこう思うのだ。
 自分があの子供の未来を奪うようなことはしていけないと。目の前の相手は間違いなく自分の大切な子供をただの《道具》にしてしまうだろう。
「それを……俺が受け入れると?」
「受け入れますよ。こちらの条件を聞いてくだされば」
 フラガの考えを読み取ったのだろうか。相手はさらに笑みを深める。
「別段、私たちは協力してくれるものまで害しようとしているわけではありませんしね」
 それに、とさらに言葉を重ねた。
「もし、彼がこちらに来てくれるのであれば、貴方にお預けしますよ」
 ただし、こちらに協力をしてくれるのであれば……と付け加える。
 その言葉をどこまで信じていいものだろうか。
 いや、それ以前に何を考えているのか。
 それがわからない限り、うかつにうなずくことはできない。
 フラガは心の中でこう呟く。
「もちろん、今すぐに返答が欲しいわけではない。君も、まだまだ自由に動けるわけではないだろうし……彼の居所は完全に隠されているからね」
 そして、たとえ見つかったとしても、フラガの返答を得ないうちは直接的に働きかけるようなことはしない。
 こう言い切る態度の裏に、絶対的な余裕が見え隠れしている。
 それはどうしてなのか。
 さらに深まった謎に、フラガは眉を寄せた。
「とりあえず、それを確約してくれるのであれば、ここでおとなしくしているさ」
 俺は……とフラガは付け加える。
「そうしてくれたまえ」
 相手も、彼からこのセリフを引き出せただけで『よし』と判断したのだろう。満足そうにうなずいてみせる。
 話はこれで終わり、と言うことなのだろうか。相手はそのままきびすを返した。
「あぁ、彼の情報が入手できた時には、君にも送らせるようにするよ」
 だが、不意に足を止めるとこう告げる。
 しかし、それに対するフラガの答えを待たずに、そのまま部屋を出て行った。
「……何を、考えているんだ……」
 フラガはこう呟く。さらに、
「俺は……お前を守れるのか」
 キラ……と吐息とともにはき出した。