「だからなぁ……」
 なんと言えば、目の前の子供達は納得してくれるのだろうか。
 ここでむげに切り捨てられないのが《コジロー・マードック》という男の甘さなのかもしれない。だが、それがあるからこそ、彼はキラになつかれていたのだ。
「スティング! ステラ!!」
 その時だ。不意に自分たちに向かって声がかけられる。
「アウル?」
「何やってんだよ、お前ら……待ち合わせの場所に来ねぇから、探しに来る羽目になったじゃねぇか!」
 そう言いながら少年は駆け寄ってきた少年に、他の二人はほっとしたような表情を作った。
「……ごめん……」
「道がわからなくなって、この人に聞いていたんだが……わからないと言われて……」
 困っていたところだ、と言われても、困っていたのは自分の方だ……とマードックは心の中で付け加える。
「あ〜……そりゃ、お前らの説明の仕方が悪いんじゃねぇ?」
 あきれたようにアウルと呼ばれた少年はため息をつく。そして、本来のものらしい待ち合わせ場所の説明を口にした。
「最初からそう言ってもらえりゃ……俺だってわかったんだが」
 彼の説明であれば、マードックもすんなりと場所の説明ができたはずだ。そう考えれば、思わず肩を落としたとしても誰も責めないだろう。
「おっさん、すまなかったな。どうせ、ステラが聞き間違えてスティングに伝えたんだろう」
 そのせいで話がややこしくなったんじゃないのか? とアウルは口にした。
「まぁ、いいって。無事に合流できたんならな」
 気をつけていけ……とマードックは彼等を促す。そうすれば、ステラという少女が小さく頭を下げたのを合図に、三人は離れていく。
「さて……家の坊主が待ちかねているだろうな……」
 離れるな、と言われていたのだが、意味もない呼び出しを受けて離れざるを得なかった。人目がある場所だし、何かがあれば騒ぎが起きるだろう。そう判断していたからこそ離れたのだが……そう思いながら、キラがいるはずの場所に足を向けようとする。
 その時だ。
 不意にポケットの中に押し込んだ端末が自己主張を始める。
「誰だよ、まったく……」
 こう呟きながら、マードックはポケットから取り出した。
「はい?」
『マードックさん! キラはいますか!』
 誰だ、と相手を問いかける前にアスランの怒鳴り声がマードックの耳に届く。
「キラか? 今、合流する予定だが……」
 こう言いながら、マードックは足早に角を曲がる。その先にキラが待っているはずだった。
『本当ですか、マードックさん?』
 アスランの声がマードックの耳をむなしく通りすぎる。
 そこに、彼を待っているはずの少年の姿はなかった。その代わりに、視界の端をかすめた人の横顔は……
「フラガ、少佐?」
 そんなはずはない、と思う。
 だが、自分が彼を見間違えるだろうか。
『マードックさん!』
 アスランの声もマードックの意識を過去から浮上させることはできなかった。

「……キラが、いないそうだ……」
 何とかマードックを正気付かせて、状況を確認したアスランは、忌々しさを隠しきれない、という態度でこう告げる。
「どういうことだよ!」
 そんな彼にカガリがくってかかってきた。
「俺に聞くな!」
 それにアスランは怒鳴り返す。
 一触即発の空気が、二人の間に満ちる。本の些細なものでもかまわない。きっかけがあれば、それはお互いを焼き尽くす炎になっただろう。
「それまでにしたまえ」
 だが、それに水をかけてくれる存在がこの場にはいた。
 バルトフェルドの冷静な口調が、彼等に理性を取り戻させる。
「マードック君。本当にフラガ氏の姿を見たのかね?」
 そして、彼はモニターに映っているマードックにこう問いかけた。
『確証を持って、とは言えません。ですが、あの後ろ姿や歩き方は……間違いなく、少佐だと』
 少なくとも、彼と同じ程度に訓練された軍人であることだけは間違いがない。マードックはこう断言をする。
「しかも、君は誰かによって呼び出された、と。いや、その前に少年が偽のメールで呼び出されたんだったな」
 バルトフェルドは冷静に今まであったことを確認していく。
「それも、オーブ本国の、アスハ宮殿。もっと正確に言えば、姫君の端末からだったね」
 この問いかけに、アスランは素直に首を縦に振って見せた。
「ならば……かなり大きな組織が関係していると言っていいだろう。そして――これ把握までも僕の推測だがね――マードック君が見たフラガ氏は、少なくとも外見だけは本物だと思うよ」
 彼はきっぱりとこう断言をする。
「どういうことだ?」
 カガリは意味がわからない、と言うようにバルトフェルドをにらみつけた。もっとも、その度合いは幾分薄れているとはいえ、アスランもまた彼を見つめているのは言うまでもないことだろう。
「可能性として考えられるのは、本人が生きていた場合。考えてみれば、ストライクはあれだけ傷ついていても少年をイージスの自爆から守ったのだからね。コクピット周りが無傷だった状況で、彼を守ったとしてもあり得ない話ではない」
 この言葉に、アスランは無意識のうちに唇をかんだ。それは、自分の間違いを改めて突きつけられたせいかもしれない。
 だが、それにかまわずにバルトフェルドはさらに言葉を重ねる。
「第二の可能性としては……体格がよく似た人間を整形させて偽物に仕立て上げたのかもしれないね。もっとも……それで少年がだまされるとは思えない」
 いや、そんなことでキラをごまかせるはずがない、とアスランは思う。認めることは悔しいが、それだけ《ムウ・ラ・フラガ》という存在はキラの中で大きな地位を占めているのだ。
「第三の可能性は……地球軍が彼の《クローン》を作っていた、ということかな?」
 さりげなくバルトフェルドは爆弾発言を口にする。
「バルトフェルドさん?」
「可能性がないわけではないだろう? 既に、その実例を、我々は知っているのだからね」
 ラウ・ル・クルーゼ。
 目の前の存在と並ぶザフトの名将と言われた彼が、どのような存在であったのか。アスラン達は既に調べ上げていた。だから、確かに可能性がないとは言えないだろう。
 しかし、とも思う。
「クローンは……元になった人物と同じ年齢まで育て上げられるものなのでしょうか。第一、記憶は……」
「わからない。だから、困っているんだよ」
 いろいろな意味でね……とバルトフェルドはため息をつく。
「何よりも……何のために少年をさらったのか。それがわからないからね」
 一番の難問はこれだ。こう告げるバルトフェルドに、アスランだけではなくカガリもうなずいて見せた。