「……困ったことになりましたよ……」 何の前触れもなく現れた男がいきなりこう切り出す。 「何か?」 それは自分に何かを告げようとしているのだ、とフラガは判断をする。それがキラに関わっていることも、想像が付いた。 だが、いったい何が彼の身の上に降りかかろうとしているのか、それまではわからない。 「ブルーコスモスの過激派に……彼の存在が知られてしまったようです」 それは貴様らのことではないのか。 フラガはこう言いかけてやめる。そんな連中に協力をしている以上、自分も同じ穴の狢だ、と知っているからだ。 「……キラを、どうするつもりだ?」 それよりもこちらの方を確認する方が優先だろう。キラに手出しをさせないために自分がここにいるのだ。それなのに、約束が違うだろう。そう思う。 「連中にしてみれば、この世から一番消したい存在、だそうですよ。今、抑えさせていますがね」 言葉でその者達を丸め込むのも自分の役目だ、と男は苦笑を浮かべる。 「ただ、そう長い時間ではないでしょう……あの者達は、少しでも成果を上げたくて焦っているのですよ」 本当に馬鹿な連中です、と男はため息をつく。 「そして、彼は……あの戦争を終結に導いた、我々にとってはある意味許し難い存在です。ですが、それもあなた方やオーブの姫の存在があったのだとすれば、妥協してもかまわない、と多くの者は考えていますがね」 だからこそ、今までキラは無事だったのだ……と男は言外に告げる。 「ナチュラルにとって有益なコーディネイターであれば、と。今も、彼がしている仕事の大半は我々の依頼ですからね」 この言葉に、フラガは心の中で盛大に舌打ちをした。 いったいいつの間に、キラを利用していたのか、とそう思ったのだ。 だが、それであの子供の安全が確保されていたのであれば妥協するしかないのか、とも思う。 「で、俺にどうしろと?」 もっとも、問いかけなくても答えはわかっていた。 「貴方がまだ悩んでいらっしゃるのは知っております。だが、このままではあの子供の命が危ない。違いますか?」 自分たちが手を出すなと言っていても、功名心にはやるものは何をするかわからない。そのレイは、フラガもいくらでも知っていた。 「あの子供が我々の手の内にあれば……いくらでも守れますしね」 自分の手の中にあれば、生かすも殺すも自由、と言うことか。フラガはそう判断をする。 同時に、この場合あの約束はどうなるのか。 こう考えてしまう利己的な自分がいることにもフラガはしっかりと気づいてしまった。 自分のものにしたくてたまらない存在。いや、元々彼は自分のものだったのだ。それを取り戻さなかったのは、単に《キラ》にとってなにがしあわせなのか、フラガが悩んでいたからだけなのだ。 だが、キラの命がかかっている……というのであれば、そのためらいなんて簡単に捨てられる。 フラガは心の中でこう呟いていた。 「もちろん、貴方があの子供を連れてきてくだされば、約束は守らせて頂きますよ?」 ステラと同じ処置をキラにも施す、と男は言外に告げてくる。 「……断る、理由を見つけられないな……」 残念だが、とフラガは苦笑を浮かべた。 「では、お願いいたしましょう。お膳立ては整えさせておきますよ」 一両日中に、と告げると、男はフラガの前から姿を消す。その気配が完全に消えたところで、フラガは盛大にため息をついた。 「すまんな、キラ……」 そして、言葉をはき出す。 「お前にとっていいのか悪いのか、はっきり言ってわからないんだが……お前に死なれるよりはマシ、だからな」 そして、あいつに取られるよりは……とフラガは口の中だけで付け加える。 「だから、あきらめてくれ、キラ……俺を、お前にやるから」 もしも、連中が《キラ》を殺すというのであれば、自分の手で苦しまないように殺してやろう。そして、そのすぐ後を自分が追いかけるのだ。 その後のことなんて関係ない。 キラの存在以外に、自分をこの世に縛り付けておけるものなんてないのだから。 割り切ってしまえば、本当にどうしてあんなに悩んだのだろう、と逆に不思議に思うほどだ。それでも、まだ自分の中にためらいが残っていることをフラガは自覚している。それが、本当にキラのためなのか、とその声は叫ぶ。 「愛しているぞ、キラ」 だが、フラガはそれを強引にねじ伏せた。 「アスラン!」 不意に名前を呼ばれて、アスランは体を硬直させる。そのまま、油が切れたブリキの人形のように声がした方を振り向く。 「キラはどこだ?」 だがそんなアスランの態度を気にする様子を見せずに、彼女はこう問いかけた。 「実際に顔を合わせられないのはわかっているが……影から様子を見るくらいならかまわないだろう?」 ようやく時間を見つけてここに来られたのだ。だから、今どうしているかだけでも確認したいのだ、と彼女は付け加える。 「……それは、お前の方が知っているんじゃないのか、カガリ……」 ようやくアスランはこんな言葉を口にした。 「どういうことだよ、アスラン!」 予想通りと言うべきなのか。カガリが怒鳴るようにこう言い返してくる。 「それは俺のセリフだ!」 彼女の怒りに燃える黄金の瞳を真っ正面から受け止めながら、アスランはこう言い返す。 「昨日……というより、今朝か。キラのアドレス宛に、お前からのメールが届いた。突発事項ができて、自分には対処できないから、助けて欲しい……とな」 アドレスその他を調べたが、間違いなくアスハ宮殿のカガリが使っている端末から贈られたものだった……とアスランは続けた。そうすれば、カガリの瞳は次第に驚愕の色を濃くしていく。 「な、んだ……と?」 アスハ宮殿の自分の端末……と呟く彼女は、信じられないというようにこう呟いている。 「悪いとは思ったが、キサカさんに頼んで、全ての端末に個別の識別ができるようにプログラムを組み込んでもらった。もちろん、ラクスの方も同様だ」 キラを守るために……という言葉が免罪符になるだろうか。それはわからないが、そこまでしなければ危険だ、と自分たちは判断したのだ、とアスランは付け加える。 「それに関しては、怒る気もないが……だからといって、誰が……」 「それよりも、今はキラの居場所を探す方が先決だ……」 キラが誰かにおびき出されたのは間違いのない事実。 しかも、困ったことにその時自分はどうしても抜けられない用事があったのだ。だから、マードックにキラと一緒に行ってもらうよう頼んだのだが。 「奴らの仕業だとするのなら……申し訳ないがマードック氏では力不足だ」 彼もキラを守ろうと思ってくれている。しかし、あくまでも彼は技術者であり、戦闘要員ではないのだから、とアスランは唇をかむ。 だが、このままここで騒いでいても意味はない。 キラを捜すために、アスランは行動を開始する。その後をカガリもまた追いかけた。 |