「……キラ……」
 動いている彼を、すぐ側――と言っていいのだろうか――で見てしまったからだろうか。
 夢の中のキラは、あのころのように自分に甘えてきていた。その姿は、今の彼だ、というのにだ。
 そんなキラを、フラガは心ゆくまで抱きしめる。
「苦しいです……ムウさん」
 こう言いながらも、キラはうれしそうに微笑んで見せた。彼のそんな表情がまた、フラガを喜ばせる。
「だったら、少しは抵抗しろって」
 くすりと笑いながら、フラガはさらにキラを抱きしめる腕に力をこめた。そして、そのまま自分の方へと引き寄せる。
 それにキラは逆らうことはない。
 素直に体をフラガに預けてくる。
「ムウさんだ……」
 そして、吐息のようにこう呟いた。そのままそっと彼の胸に顔を埋めてくる。
「キラ」
「死んだなんて、嘘、だったんですね……」
 こういった声が震えているのは、フラガの錯覚ではないだろう。
「……あぁ……何の間違いか、俺はこうして生きている……」
 だから、こうしてキラを抱きしめているだろう? 微笑みながらこう囁いてやる。そして、そうっとその髪にキスを落としてやった。
「もう、どこにも行きません?」
 そうすれば、キラがこう問いかけてくる。自分を一人置いて、フラガだけがいなくなるようなことはないのか、とその全身が告げていた。
「あぁ。どこにも行かない」
 ずっと一緒にいよう……とフラガが付け加えた瞬間だ。
「キラ!」
 忘れようにも忘れられないもう一つの声が耳に届く。それが誰であるかを確認するよりも早く、彼――アスランが二人の元へと駆け寄ってきた。
「何をしているんだ、お前は!」
 そして、そのまま強引にキラをフラガから引き離す。
「アスラン!」
「……何をするんだ、お前は!」
 慌ててフラガはキラを取り戻そうと手を伸ばした。だが、そんな彼の行動をアスランが冷たい瞳で見つめている。
「それは俺のセリフです」
 ムウ・ラ・フラガ元少佐、とアスランは口を開く。
「貴方は、既に死んだ人間でしょう? その腕でキラを抱きしめられるとでも?」
 冗談はやめてください、と冷たい声で言われてフラガは自分の手へと視線を落とす。
 先ほどまで、そこには自分自身の手があったはずだ。そして、それはキラにぬくもりを与えていたはず。
 だが、今フラガの目に映っているそれは、醜く腐っていくそれだ。
「キラは生きているんです……貴方と違って」
 だから、貴方にキラは渡さない。アスランはそう言いきる。
「アスラン、離して!」
 だが、キラはそれでもアスランの腕を振り払ってフラガの方へと戻ろうというそぶりを見せていた。
「キラ!」
 だが、アスランはそんなキラをさらにきつく抱きしめる。
「あの男は死んだんだ! あそこにいるのは、ただの腐った抜け殻だろう!」
 行くんじゃない、と叫びながら、アスランはフラガをにらみつけてきた。
「ただの亡霊に……キラを渡すわけにはいかないんだよ」
 キラは自分のものだ。アスランはその瞳でこう告げている。
「違う! キラは、俺のものだ!」
 それに負けじとフラガは叫び返す。
「キラは……」
 それが、フラガの意識を夢の中から現実へと押し出した。
「……夢か……」
 見慣れた、とは言いがたい天井をその青い瞳に映し出しながらフラガは吐息をはき出す。無意識のうちに伸ばしていた手で、その瞳を覆う。
「……キラ……」
 このままでは間違いなく《アスラン》が《キラ》を手に入れてしまうだろう。その現実に自分が耐えられるわけはない、とフラガは自覚していた。
 だが、キラをここに連れてきていいものか。
 ステラの様子を見ていれば、あの男の言葉が嘘ではないだろう……と言うこともわかる。しかし、それではまたキラをあの暗闇の中に連れ戻すことになるのではないだろうか。しかも、そこから救い出した自分自身の手によって、だ。
 だが、と思う。
「お前は……俺と一緒に堕ちてくれるか?」
 それならば、どこまででもつきあってやろう。そして、二人一緒であれば、地獄でも天国かもしれない、とフラガは呟く。
「なぁ、キラ」
 もう一度、抱きしめてもいいだろうか。
 その後は……と言いかけてフラガは言葉を飲み込む。そのまま、彼はまた瞳を閉じる。
 だが、その意識は眠りの中へとは落ちていかなかった。

「もう、一息のようですね」
 フラガの様子を確認して男はほくそ笑む。
「もう一息で、あの男は自分の欲望に従うでしょう。そうすれば、我々は目的を達することができる」
 もっとも、そのためには《あれ》をフラガに預けなければならないだろう。だが、それも全体から見れば些末なことだ。
 最終的に《コーディネイター》をこの世界から消し去ること。それが自分たちの目標であることは言うまでもない。
 だが、その時間が多少延びたからと言って気にする者はいないだろう。
「まずは、あの忌々しい砂時計を今度こそ全て消し去ることですね」
 その後も、あれが自分たちに協力をするならば、フラガの命がつきるまで生かしておいてもかまわない。あれがこちらに来れば、あれはフラガに逆らえなくなるのだから。
「あちらの様子は?」
 男はフラガの様子をモニターしていた映像を消すとこう問いかけた。