「ネオ・ロマノーク……ね」 新たに渡されたIDを見ながらフラガは苦笑を浮かべる。 「これが俺の新しい名前ってか」 まぁ、仕方がないのだろうな、と思う。自分は地球軍では脱走兵である以上、本名で出歩けないだろう、とも。 しかし、どうしてここまでして自分を協力させたいのか。 はっきり言って閉じこめていれば一番無難なはずだ。 それとも、ばれたときには自分を処分して終わりにするつもりなのかもしれない。 「その可能性は大きそうだな」 元々生きてはいない存在だし……とフラガは苦笑を浮かべた。 処分をしても誰も気にしないだろう。まして、それが《軍人》であるなら余計に、だ。 「まぁ、俺がおとなしくやられる人間かどうかは……連中の方がよく知っているだろうが」 実際、自分でも死んだとばかり思っていたのにこうして生き残っている。この悪運の強さだけは誰にも負けないだろう。 「俺って……やっぱり不可能を可能にする男だよな」 どこか自嘲の色をにじませてこう呟いたときだ。 「ネオ!」 言葉とともに柔らかな体が腰のあたりに抱きついてきた。 「……ステラ……」 それが誰であるのか確認しなくてもわかってしまう。小さなため息とともに視線を向けた。 「そう言うことは誰彼にするんじゃない!」 自分であるからいいようなものの、そうでなければ誤解をされるに決まっているのだ。 自分にしても《キラ》がいなければまずいかもしれない。 それだけ、魅力的といえる外見をしているのだ、彼女は。そして、それとは裏腹な幼い言動が《男》にはたまらなくそそられるものとして映るのだ。 「……どうして?」 案の定、というべきか。ステラがこう聞き返してきた。 「好きな人にくっつくのは気持ちいいんでしょ?」 違うの、と本気で聞いてくる彼女に、フラガはどう説明すればいいのか……と悩む。 「……あのな……それは、本当に小さな子供か、でなければ恋人同士の場合だ。お前は俺が面倒を見ていることもだし、それなりに可愛いとは思っているが……恋人じゃないならな」 だから、こういうことをするんじゃない、とフラガは口にする。 「ステラががんばればほめてやるし、頭ぐらいはなでてやるからさ」 自分には心に決めた存在がいるのだとも、さりげなく付け加えた。 「……ネオに、好きな人がいるの? 私が知っている人?」 それは別の意味でステラの好奇心を刺激したらしい。瞳を輝かせてこう問いかけてきた。 「知らないと思うな……」 自分は教えたことがない。 だが、あの男達がそうしなかった、とはいえないのではないか。《キラ》という存在を欲している以上、その身柄を傷つけるわけにはいかないのだし、と。 「ねぇ、教えて? フォトぐらい、持っているんでしょう?」 見たい、見たい! と彼女はフラガの腕にすがりついてくる。 「だから……そう言う行動をするんじゃないってぇの」 人の話のどこを聞いていたのか……とフラガはため息をついた。 「だって、見たいんだもの」 ネオがそんなに好きな人だというのであれば、自分も好きになりたいから……と彼女は無邪気な口調で告げる。それがどこまで本心かはわからない。だが、自分に嫌われたくない一心でこう言っているのではないか、とフラガは推測をした。それは、連中に刷り込まれた意識であろうとも。 「ったく……他の二人には内緒だぞ」 だが、フラガだって普通の人間だ。 自慢の恋人を自慢したい気持ちはある。 それに、相手がステラであれば『内緒にしていろ』とフラガが言えば、誰にも伝えないであろう。それだけの信頼は、今までの時間の中で抱いていた。 「ネオがそう言うなら、そうする」 だから、見せて……とステラは無邪気な表情で微笑む。 男から渡されたデーターの中から気に入ったショットを選んでプリントアウトをしたものを、フラガは肌身離さず持っていた。それを与えられた軍服の隠しから取り出す。 「これが、俺の大切な相手だよ」 キラのフォトを収めたフォトケースを開けば、自然と表情が軟らかくなる。その事実をフラガは自覚していた。 「綺麗な人、ね」 脇からのぞき込んでいたステラがこう呟く。 「だろう? それに……優しくて強いんだぞ」 そして、悲しいやつだ……という言葉をフラガは飲み込む。それは、目の前の少女達も同じことなのだから。彼女たちをそんな立場に追い込んでいるのはあの男達だが、自分もそれに荷担していると言えるだろう。 「……でも、どうしてこの人はここにいないの?」 ステラがこう問いかけてきた。 それは、フラガの予想していないセリフでもあった。 「……こいつは、俺が今、ここにいることを知らないからな……」 その衝撃を必死にやり過ごしながら、フラガはこう言い返す。 「どうして?」 ステラは純粋に疑問を感じたのだ、と言うようにこう問いかけてくる。 無邪気な問いかけは、時に人の心をきつく傷つけることがあるのか、とフラガは初めて知った。 「この人も、ネオのことが好きなのでしょう? なら、教えてあげればいいのに」 何なら、連れてくれば? と彼女はうっとりとした口調で付け加える。 「私、この人好きになれると思う。強くて優しい人なんでしょう?」 自分に優しくしてくれるだろうと、彼女はフラガを見上げてきた。 「そうだろうな」 それに関してだけは間違いがない事実だろう。 だが、それを実行に移すだけの踏ん切りがまだ着かないのだ。 「ただ、今、俺たちの存在は誰にも知られてはいけないんだよ。こいつにもな」 だから、自分がここにいることも伝えられないのだ……とフラガは自分に言い聞かせるように口にする。 「そうなんだ……じゃ、あの人達がいいって言ったら、連れてきてね。私も手伝うから」 既に、ステラの中でキラは特別の地位を占めているのだろう。約束と彼女はフラガに指を差し出してきた。 「そう、だな」 そんな日が来るだろうか。それはフラガにもまだわからなかった。 |