体が痛む。 そう考えた瞬間、フラガの意識が現実へと戻る。 同時に、どうして『体が痛いのか』という疑問が浮かぶ。死んでしまえば、痛みなんて感じるはずがないのに……と。 「気が付いたようだね、ムウ・ラ・フラガ元少佐どの?」 次の瞬間、からかうような声がフラガの耳に届く。 「だ、れだ……」 確認しようとして唇から出た声は、自分のものとは思えないほどかすれていた。 しかもだ。一言は来だしただけで、全身に激痛が走る。 これは、肺に傷が付いているかもしれない。フラガはそう判断をする。だが、それがどうしたのか、とも。 「誰でもかまわない……のではないかな、少なくとも、今は」 低い笑い声が不快な響きを伴ってフラガの耳を打つ。それでも、すでにそれをとがめる気力は既になかった。 「……まずは傷を治したまえ。話はそれからだ」 薄れゆく意識の中で、それだけがフラガの意識に残る。 そのまま、彼は夢の中へと舞い戻っていった。 キラが悲しげな微笑みを浮かべている。 涙が乾く間を与えないほど頬をぬらしていた。 「……キラ……」 どうして泣いているんだ……とフラガは問いかけようとする。だが、それよりも早く誰かの腕がキラを引き寄せた。 「おいっ!」 自分がいるのに、どうしてそんなことをするんだ、とフラガは相手を怒鳴りつけようとする。 だが、口を開いた瞬間耳に届いた言葉に、そのまま凍り付く。 『ムウさんが……いない……』 キラがこう言って涙をこぼす。 『……あの人は……もういないんだよ、キラ……』 そんなキラの頭をそうっと自分の肩へと押し当てながらその誰かは口にした。 『もう、忘れなきゃ……ね?』 でないと、涙で目がとけちゃうよ? とその相手は口にしながら、キラの指触りのいい髪をなでている。 『でも……ムウさんは……』 『キラ!』 キラの言葉をそいつは遮った。 確かに、あの状況であれば自分が《死んだ》と思うのが当然なのだろう。自分自身そう思っていたのだから。 だが、自分は生きてここにいる。 『キラ! 俺はここだ!』 フラガは迷うことなくこう叫ぶ。そして、そのまま彼に駆け寄ろうとした。 だが、その体は前に進むことはない。まるで何かに縛り付けられているかのようだ。 『キラ!』 そんな彼の前で、キラは誰かに連れられて歩き始める。 『キラ、俺は!』 さらにフラガは叫ぶ。 だが、その声はキラの耳には届かないのだろうか。 彼は振り向くこともなく遠ざかっていった。 それは、ある意味自分が望んだ状況ではある。自分を失ってキラが嘆き悲しむくらいであれば、他の誰かと幸せになって欲しいとは思った。 そんなことで、キラが自分のことを忘れるはずがない。そう信じていたからだ。 だが、自分の目の前でそれを見せつけられるのはつらい。 いや、許せないとすら思える。 それでも、とフラガは心の中で付け加えた。その怒りは不思議とキラに向けられない。 キラは自分が生きていることを知らないのだ。 だから、自分が残した言葉通りに《フラガ》を思い出にしようとしているのだろう。そう言うところは相変わらずいたましい。できることなら、今すぐにでもその体を抱きしめてやりたいと思うほどだ。 そこであることに気が付く。 もし、ここにいる自分が死ぬ間際の幻でないのだとすれば……生きていることを知らせたらキラはどうするだろうか。 ふっとそんな考えに行き着いた。 そうしたら、自分の側にいてくれるかもしれない。 こんなことを考えているうちに、フラガの意識は夢すら見ない深い眠りの中へと沈んでいった。 誰かの気配がする。 そう感じた瞬間、フラガの意識は一気に浮上した。 「……誰だ……」 こう呟きながら、無理矢理まぶたを持ち上げる。そうすれば、白衣を身にまとった初老の人物が確認できた。 「あぁ、心配いりませんよ。点滴をするだけです。痛み止めです」 そしてもう一度寝て覚めれば、きっと、痛みはなくなっているだろう。 彼はそう告げる。 だが、そうして眠れば、またあの悪夢とも言える夢を見なければいけないのではないだろうか。フラガはそんなことをぼんやりとした思考で考える。 だが、それを受け入れなければいけないのだろうか。 それとも、何か別の方法があるのか。 フラガは必死に考えようとする。 だが、答えを見いだす前に、彼の意識は再び眠りの中へと沈められてしまった。 しばらくはフラガ視点で…… |