「えぇ、そうよ」
 アスランの問いかけに、久々に顔を合わせた母はあっさりと頷いてみせる。
「ヴィアは、私のゼミの先輩だったの」
 そして、後輩にデュランダルがいた。だから、その縁で、自分たちはカリダとも顔見知りだったのだ。そう彼女は続けた。
「なら、キラのことも……」
「知っていたわ。もっとも、あなたがお腹の中にいたから、実際に顔を合わせたのは月にいってから、だけど」
 その時にはもう、キラ達の母ヴィアはいなかったかけれど、と彼女は寂しげに微笑む。
「でも、キラちゃんがいてくれたわ」
 ヴィアにそっくりな、彼女の才能を受け継いだ子供が……と付け加える。
「カガリちゃんは、お父さんにそっくりなの」
 だから、と彼女は少しだけ目を細めた。
「せめて、彼女たちだけは、何があっても守ろうと思ったのよ」
 彼女たちを傷つけるのが誰であろうと、とそう続ける。
「……その中に、俺の存在も入っているのですか?」
 アスランは静かな声で問いかけた。
「もちろんよ。だって、プラントで一番、キラちゃんを疎んじていたのはパトリックだもの」
 その原因はアスランだけど、とレノアはため息を吐く。
「あなたがもっと別の友達を見つけてくれればよかったの」
 だが、アスランはキラに執着していた。そして、そのあまりに他の誰をも排除しようとしていた。
 その事実が、パトリックには面白くなかったのだ……とレノアは続ける。
「あの人には、キラちゃん達の本当のご両親が誰なのか、教えてないもの」
 そして、これからも教えるつもりはない。彼女にしては厳しい口調でそう言いきる。
「何故、ですか?」
「あの人は、キラちゃんのご両親が死んでくれた方がいい、と言ったからよ」
 あの二人が研究していた第二世代以降のコーディネイターの問題を解消する方法。それ自体は《コーディネイター》と言う人種を存続させるためには必要だ。
 しかし、それはコーディネイターの手でなされなければならない。
 それがパトリックの持論だ。
 だが、二人の研究の方が早く完成しそうだった。それが忌々しい、と思っていたらしい。
「……まさか……」
「本当よ。だから、ブルーコスモスが二人とその研究所を狙っている、と言う情報を掴んでいても、誰にも教えなかったの」
 その結果、悲劇が起きてしまった。
 子供達だけでも命をつなぐことが出来たのは、本当に奇跡でしかない。
 だが、彼等の命も、いつ誰に奪われるかわからない。だから、彼等は共に暮らすことが出来なくなってしまった。
「もし、あの時、パトリックが手を差し伸べていれば……せめて、情報を教えてくれれば、彼等はみんな、別の人生を歩いていられたかもしれないわね」
 それに、と彼女は付け加える。
「カリダ達の命が失われた原因の一因があの人にあるかもしれない」
 アスランの言葉を聞いたのは、自分とパトリックだけだ。
 家族以外でその存在を知っていたのも、と彼女は続ける。
「……父上が?」
「否定できる根拠が見つからないの」
 だから、と彼女は指が白くなるくらい掌を握りしめた。
「今、キラちゃんの才能はザフトにとって必要なものだわ。しかし、戦争が終わったら、あの人はどう動くかしら」
 もっとも、キラの存在は既に何度もプラントを救っている。そう考えれば、彼でも迂闊なことは出来ないのではないか、と思いたい。
 しかし、アスランがキラにこだわり続ける限り、彼がキラを疎んじることは間違いない事実だ。
「……つまり、俺がキラの命を危険にさらしている、と?」
 それらしいことは、クルーゼやラクスからも言われていた。しかし、彼等は自分ではなくキラの味方だといっていい。だから、大げさなのではないか、と思っていたことも否定しない。
 しかし、無条件で自分を擁護してくれると思っていたレノアまではこう言うとは、決して大げさではなかった、と言うことなのか。
「そう言うことになるわね」
 不本意だけど、とレノアは呟くように口にする。
「それに……近いうちにカガリちゃんのことも公になるでしょう。そうなれば、ますますあの人はキラちゃんを疎ましく思うわ。最悪、実力行使にでかねない」
 もっとも、キラがクルーゼの元にいる限りは安全だろうが。
 その言葉には同意をするしかない。しかし、それもいつまで続くか。パトリックの立場は、国防委員長なのだ。
「……俺は……」
 どうすればいいのか。アスランはこう呟く。
「あなたの気持ちではなく、キラちゃんのためにどうすればいいのかを考えなさい」
 そして、結論を出せ。そう言う母にアスランは黙って頷くしかできなかった。



BACKNEXT

 

最遊釈厄伝