きれた唇の端が痛む。
 しかし、それ以上にいたいのは、心の方かもしれない。
「……俺は……」
 いったい、何を見てきたのだろうか。突きつけられた現実の重さに、必死に耐えながら、こう呟く。
「俺が、一番、理解していると、思っていたんだ」
 なのに、現実は違った。
 自分は目をふさがれていて、都合のいい部分しか見せられていなかった。
 いや、見ようとしなかった……と言った方が正しいのか。
「キラだけは、変わらないと信じていた」
 だから、自分の中にいる彼女の姿が今も変わらずにある。そう信じていた。
 それなのに、彼女は最初から自分に嘘を付いていたのか。
 もちろん、それが彼女の命を守るためだと言うことはわかっている。それでも、教えていてくれれば、もっと別の選択肢があったのではないか。
 そこまで考えたときだ。
 ふっと、ある可能性が脳裏に浮かび上がってくる。
「ひょっとして、母上はご存じだったのか?」
 キラの秘密を、とアスランは呟く。
 自分とキラを引きあわせたのは彼女だ。
 そして、彼女とキラの母カリダ――正確には、叔母らしいが――とはパトリックと結婚する以前からの友人だったとも聞いている。ならば、キラの事情も全て知っていて自分に引きあわせた可能性も否定できない。
「母上に聞けば、これが真実なのかどうかがわかるはず」
 だから、一刻でも早く彼女に会わなければ……と心の中で呟く。
 しかし、今日、彼女は自宅にいただろうか。
 いなかったとしても、自宅からならば、彼女の研究室に連絡を入れることも難しくはない。祖うんなことを考えていたからか。無意識にアクセルを踏み込んでいたらしい。エレカのスピードが上がる。
 そんなことも、今のアスランに気にならない。
 自分がキラにはふさわしくない人間だった。
 ラクス達のこの言葉を否定したい。
 その思いが彼を突き動かしている。
 しかし、と心の中で囁く声がある。
 もし、自分が本当にキラにふさわしくない人間だ、とレノアにまで言われたら、いったい、どうすればいいのだろう。
 いくら考えても、答えは見つからなかった。

 目の前で、カガリが思いきり仏頂面をさらしている。
「もったいない。せっかく似合っているのに」
 そんな彼女に向かってキラがこう声をかけた。
「そう思いますわよね、キラ」
 カガリがそれに反論をするよりも早く、ラクスが微笑みと共にこう言ってくる。
「うん、ものすごく似合っているよ」
 だから、満面の笑みを作ってこう言い返す。
「……だけどな……これ、動きにくいんだよ」
 何かあったときに、直ぐに対処が取れない。そう言ってカガリはさらに渋面を深める。
「ですが、アスラン・ザラはもう帰ったではありませんか」
 そう言ってきたのはレイだ。
「そして、ここにはラウも、ミゲル・アイマンもいます。微力ですが、俺だって姉さん達を守ることぐらいはなんとかできると思いますよ?」
 だから、カガリが動く必要はないのではないか。そう彼は続けた。
「だけどな……やはり、落ち着かないんだよ」
 それに、先ほどから妙にいやな予感というのがしている。だから、と彼女は言葉を重ねた。
「……ここなら、安全でしょ?」
 ラクスの家で何かあるはずがない。キラはそう言いきる。
「そうですわ」
 一番のガンは追い返したのだから、とラクスも頷く。
「……ラクス……」
 それは言いすぎではないか。キラはそう思う。しかし、あくまでもラクスは真顔だ。と言うことは、本心からそう思っている、と言うことだろう。
 本当にいいのだろうか。
 そう思わずにはいられないキラだった。

 カガリのその《いやな予感》と言うのが間違っていなかったとわかるのは、それから直ぐのことだった。



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