その部屋に足を踏み入れた瞬間、アスランが凍り付いたのがわかった。
 まぁ、それも無理はないよな……とミゲルは思う。
「……兄さん?」
 実際、キラですら目を丸くしているほどだ。
「仮面……いいの?」
 その表情のまま、彼女はこう問いかけている。
「この場にいる者達で、私の顔を見てどうこう言う者はおるまい」
 違うかな? といいながら、彼は視線をアスランへと向けた。しかし、彼はすぐに言葉を返さない。見事に凍り付いたままだ。
「何、呆けているんだ、お前は」
 あきれたようにカガリが彼の背中を叩く。しかし、それが遠慮のないものだ、と言うことは周囲に響いた音からも推測できた。
「……隊長、ですよね?」
 彼はようやく、この一言を絞り出す。
「他の誰に見えるのかな?」
 そうすれば、クルーゼはそう言い返した。しかも、かなり楽しげだ。
「本当に、彼が姉さんの幼なじみなのですか?」
 あきれたような脇から飛んでくる。そこで初めて、そこにレイがいることに気付いた。彼の気配を感じ取れなかったとは、自分の未熟さにあきれるしかないな、とミゲルは心の中で呟く。
「何故、そう言うのかな、レイ?」
 小さな笑いを漏らしつつ、クルーゼが聞き返している。
「だって、姉さんの幼なじみなら、兄さんの素顔も名前も知っているはずでしょう?」
 それなのに、何故固まるのか。
 そもそも、どうして同じ隊にいて気が付かなかったのか……とあきれたように告げる。その声が絶対零度の宇宙空間よりも寒いような気がするのも錯覚だろうか。
「知っていても、それと現実を結びつける気がなかっただけだろう」
 それに言葉を返したのはクルーゼではなくカガリだ。
「そいつの頭の中は、キラのことしかないんだから」
 さらにこう付け加える。
「だから、周囲の人間のことなんて、必要になるまで思い出さなかったんだろう」
 流石に、天敵に等しい自分のことまでは忘れていなかったようだが……と笑った。
「まぁ、体にたたき込んだからな。当然のことか」
 これがクルーゼの言葉であれば何とも思わない。だが、男らしいとはいえ、カガリは女性なのだ。しかもナチュラルの。
「……カガリ……ますます雄々しくなってきたような気がする……」
 キラが小さな声でこう呟く。
「仕方がありませんわ。カガリですもの」
 それにラクスがこう言い返している。それは、完全に婚約者に対するものではない。
「キラのことにしても、自分に都合のいいことしか覚えていらっしゃらないようですし」
 どれだけ、キラがアスランに困らされていたか。それも覚えていないだろう。いや、ひょっとしたら、それすらも彼の中では『自分がキラに迷惑をかけられた』という風にすり替えられているかもしれない。
 ラクスのこの言葉に、一番反応を見せたのはアスランだった。
「いつ、俺が!」
 そんなことをしていない、と彼は言い返す。
「……お休みごとに、キラを連れ回していらっしゃったのではありませんか?」
 即座にラクスは反論の言葉を口にする。
「……それは……」
「しかも、キラのご都合を聞くことなくでしょう? それが迷惑でなくてなんですか」
 キラにはキラの予定があったものを、とラクスは言い切った。
「そうですね。そのせいで、姉さんに会えると楽しみにしていたのに、ダメになったことが多数ありましたしね」
 それ以上に通院が出来なくて困ったことになりそうになっていた。レイが彼女の言葉を裏付けるように告げる。
「それで、かな? 開発からキラが行方不明だ……と連絡が入ったことがあるのは」
 予定では顔を出すはずだったのに、いつまで待っても来なかった、と焦ったような通信が入って隊のものを捜索に向かわせたこともあったな……とクルーゼも頷く。
「その後、キラが泣きながら現れた、と聞いたが。それは遅れたことだけが理由ではなかった、と言うことかね。アスラン?」
 彼等の言葉に、そんなことがあっただろうか……とアスランは心の中で呟く。
 そうすれば確かに、キラが『今日は先約があるから』と言ったことがあるのは思い出せる。
「ですが……キラは、それがそれだけ重要なことだとは言いませんでしたよ?」
 だから、自分はキラを連れだしたのだ。アスランはそう言い返す。
「言えるわけないだろうね。内密で進められていたプロジェクトだったのだからね」
 キラには『絶対に誰にも教えるな』と言ってあった。それを忠実に守ろうとしていただけだ。クルーゼの言葉が指し示しているのは、きっとジンの開発に関わることだろう。
「ですが、俺は!」
「君がザラ家のご子息であろうと、ただの子供に過ぎない。父君ですら、君に機密を話すことはないはずだ」
 キラもそれに従っただけに過ぎない。クルーゼにここまで言われては、アスランも反論できないらしい。
「もっとも、そうでなかったとしても、キラは君に話さなかっただろうがね」
 あの事件を覚えていれば、と彼が付け加えた瞬間、キラの肩が大きく揺れたのがわかった。



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