「……デッキに、敵が?」
 まさか、MSでこのようなことをするとは思わなかった。そうラミアスは口にする。
「……それよりも、どうなさるおつもりですか?」
 そう聞き返してくるバジルールの声に力はない。
「どうするもこうするも、この状況で出せる結論は一つしかないでしょう」
 ため息とともにラミアスが言い返す。
「……投降信号を……」
「ラミアス大尉!」
 即座にバジルルールが咎めるような口調で彼女の名を呼んだ。
「それ以外に何があるの?」
 この状況で、と彼女は言い返す。
「外だけではなく、艦内にも敵がいるのよ? その状況でどうやって戦えるの?」
 艦内で戦闘なんてできない。それなのに、と言葉を重ねれば、バジルールは唇をかみしめる。
「……あの子を協力させれば……」
 だが、直ぐに呟くように言葉をはき出す。
「今から? 間に合うわけないでしょ」
 第一にして、パイロットはどうするつもりなのか。あれのパイロットは全て死んでしまった。
「フラガ大尉なら……」
「……無理よ。あれの操縦方法とゼロのそれはまったく異なっているもの。いくらフラガ大尉でも、一朝一夕では身につけられるはずがないわ」
 何よりも、とラミアスはさらに続ける。
「ゼロからストライクへの移動を、敵が見逃してくれると思う?」
 その前に狙撃される可能性の方が高い。
 そして、ジンの火力であれば、そのまま船体を破壊するだろう。
「最悪、アークエンジェルごと宇宙の藻くずよ?」
 自分たちだけならばいい。しかし、ここにはオーブの少女達がいるではないか。彼女たちの命まで自分たちの都合でどうこうしていいものではない。そう続ける。
「そこまで、卑怯者になりたくはないわ」
 もっとも、今でも五十歩百歩のようなものだけれど……と力のない笑みを浮かべた。
「……大尉……」
 バジルールはまだ何か打開策を模索しているようだ。しかし、いくら考えても艦内にジンが侵入している状況ではどうしようもないと言う結論しか出なかったのだろう。
「投降信号を……いいわね?」
 ラミアスの確認を求める声にバジルールは静かに頷いて見せた。

 虚空をまばゆい光が染め上げる。
「ようやく、か」
 その事実に、クルーゼの口元に笑みが浮かぶ。
「ミゲル。君は艦内から姫君二人ごと新型を運び出せ。バックアップユニットは後で構わない」
 オロールとマシューは外からブリッジを把握。
「ヴェサリウスとガモフはこちらへ。艦内を掌握するメンバーをそれぞれ選出しておいてくれ」
 オコサマ達以外で、とさりげなく付け加える。その瞬間、ヴェサリウスのブリッジでどのような騒ぎが持ち上がったのか。あえてそれは考えないでおく。
「……さて……あちらの指揮官殿と話し合いをすべきだろうね」
 それと、彼には早々に本来の立場に戻って貰おうか。口の中だけでそう付け加える。
「後は……あれをどうするか、だな」
 とりあえず、彼等はガモフで居住しているから、あの子達はヴェサリウスにおいておけばいいだろうが……と眉根を寄せた。
「それでも、紹介しないわけにはいくまい」
 キラは今でも自分の片腕だ。
 ミゲルと彼女が揃ってこそ、自分は真価を発揮できると言っていい。
 しかし、とクルーゼは仮面の下で眉を寄せる。それを壊してくれそうなものがいることも事実。
「この場に、あの方がいてくだされば、まだましなのかもしれないが……」
 だが、彼女は民間人だ。無理強いすることは出来ない。
「……ミゲルに頑張って貰おうか」
 それが一番いいだろう。だとするならば、ミゲルをヴェサリウスに移動させなければいけないだろう。
「その前に、こちらだね」
 この呟きと共に意識を切り替える。
 そのままオープンチャンネルで目の前の新鋭艦へと呼びかけた。

 そのころ、本国へ作戦成功を伝えていたヴェサリウスの通信士は、信じられない情報を受け取っていた。



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最遊釈厄伝