端末がメールの着信を告げる。
 反射的に差出人を確認して、ミゲルは一瞬だけ目を丸くした。だが、直ぐにその口元に笑みが浮かぶ。
「流石だな」
 どうやら、敵のシステムの一部は既に彼女に掌握されているらしい。これならば、自分たちが手助けすれば、確実に脱出してくれるだろう。しかも、おみやげ付きで、だ。
「内緒にしておきたいのは山々だが、報告しないとダメだろうな」
 もちろん、最初からクルーゼに報告をしないという選択はない。
 知られたくないのは彼ではなくアスランだ。
 クルーゼの命令を無視して、自分の仕事も放り出して今にもキラを探しに行きかねない。
 そんな馬鹿なオコサマに、今、彼女がどのような状況にあるかを知られたらどうなるのか。
 はっきり言って考えたくもない。
 こんなことを考えながら、手早くメールを保存する。そして、そのままクルーゼを呼び出した。
『何かな?』
 予想していたのか。直ぐにクルーゼが言葉を返してくる。
「すみません。相談させて頂きたいことがあるので、少しお時間をいただけませんか?」
 できれば、オコサマ抜きで……と冗談めかして付け加えた。
『おやおや。何かやらかしたのかな?』
 低い笑いと共に彼はこう言い返してくる。
「まぁ、そんなところです」
 一番のじゃじゃ馬が、と告げれば、誰のことを指して言っているのか彼にはわかるはずだ。
『おやおや。それは大変だね』
 彼は意味ありげな声音でそう言った。
『わかった。今から五分後に、私の執務室で』
 そのまま、こう続ける。
「了解です」
 できれば今すぐ、と言いたい。だが、隊を束ねている彼は自分のように好きかって動けないというのも事実。だから、素直に頷いた。
『ついで、と言ってはなんだが、チーフに頼んであちらの機体のデーターを持ってきてくれないかな?』
 現状のもので構わないから。彼はさらに指示を出す。
「わかりました。では、五分後にお伺いします」
 ミゲルは自分がすべき行動を思い浮かべながら言葉を返した。

 耳障りな音がコクピット内に響き渡る。
「……ちっ」
 その事実に忌々しそうにアスランは舌打ちをした。
 一体どこをミスしたのか。そう思いながら自分が打ち込んだプリグラムを確認する。そうすれば、単純な打ち間違いだとわかった。  普段なら絶対に起こさないようなミスを、何度も繰り返しているという事実も、忌々しい。
 集中力が散漫になっているのだ。
 その理由も、アスランは自覚していた。
「……どうして、隊長は……」
 許可をくれないのだろうか。
 キラは同胞コーディネイターだ。何よりも、キラは大切な存在なのに。
「このままで行けば、あいつは……」
 地球軍に利用されてしまうのではないか。
 キラがその気になれば、これらの機体のOSを完璧なものにすることも難しいことではないはず。最悪、そのまま地球軍に取り込まれてしまうのではないか。
「それでは、あいつが壊れてしまう」
 だからその前に、と思う。
 しかし、何度上申しても、クルーゼは出撃の許可をくれない。それどころか、整備クルーに自分を監視させているようなのだ。
 だからといって、他のものに協力を求めることも出来ない。
 あの時のキラは女性の衣服を身に纏っていた。それが理由だ。
「ラクスがいるから、な」
 自分には婚約者がいる。
 だから、他の女性――相手が幼なじみであろうとも、だ――のことを口にすることは許されない。
「俺が望んだわけじゃないのに」
 自分が傍にいて欲しいと願っている相手は、キラだけだ。それなのに、とため息を吐く。
「俺がザラの息子でなければよかったのか?」
 そうすれば、今でもキラは傍にいてくれたのだろうか。
 考えても意味はないことはわかっている。それでも、そう思わずにはいられなかった。



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最遊釈厄伝