自分もあれこれ忙しかった。しかし、プラントを離れることになる彼女の方がスケジュール的には厳しかったらしい。ミゲルが彼女の顔を見ることが出来たのは、出発の前日だった。
 それですら、クルーゼが気を利かせてくれなければ不可能だったかもしれない。
 これには無条件で感謝するしかないな。そう考えながら口を開く。
「キラ」
「何?」
 小首をかしげながら彼女は聞き返してくる。
「これ、お守り」
 言葉とともにポケットから小さな箱を取り出す。そして、彼女へとさしだした。
「お守り?」
「……虫除け、とも言うがな」
 ミゲルがさらに言葉を重ねれば、キラは意味がわからないと言うように見つめ返してくる。
「虫除けって?」
「キラが可愛いから、変な男がよってこないようにってことだって」
 こちらでは、クルーゼとミゲルをはじめとした隊の者達がさりげなくフォローをしてきた。しかし、これからはそういうわけにいかないのだ。
「頼むから、浮気はしないでくれよ」
 信頼していないわけではない。
 だが、不安なのだ……とミゲルは素直に続ける。
「僕に告白してくる物好きなんて、ミゲルぐらいだと思うけど」
 何げに酷いセリフを言われたような気がするのは錯覚だろうか。
「でも、僕が好きになったのはミゲルだもん」
 だから、それ以外の人間はどうでもいい。どんな言葉を囁かれても、と彼女は続けた。
「それに、浮気ならミゲルの方が心配だよ」
 絶対にミゲルの方がもてるから、と真顔で言われてしまう。それに喜んでいいのか悲しむべきなのか、一瞬悩む。
「俺だって、同じくらいお前が好きだよ」
 だから、他の誰でも同じだ。そう言って微笑む。それに、キラもまた微笑み返してくれた。
 その笑みにひかれるように、そっと唇を寄せていく。
 キラもその先を待ち望んでいるかのように瞳をまぶたで隠してくれる。
 その事実に笑みを深めながらそっと唇を重ねた。
 触れあった箇所から伝わってくる温もりが愛おしい。
 それをもっと深く感じたくて、そっとした先を伸ばす。彼の行動の意味を察したのか。キラがうっすらと唇を開いた。そのすきまから遠慮なく舌先を滑り込ませる。
 キラの指が、ミゲルの服の裾をしっかりと握りしめてきた。
 キスだけならば何度も繰り返しているのに、いまだものなれないそんな仕草が可愛いと思う。
 同時に、そう考えられるだけまだ理性が残っているな、と意味もなく笑いたくなる。
 とりあえず、取り返しが着かなくなる前に離れなければ。そう思って、ミゲルはキラの唇を解放した。
 次の瞬間、キラの頭がそっと胸に預けられる。
「本当なら、このまま放したくないけどな」
 それでは、キラが困るだろう。
 ひょっとして、クルーゼはそんなミゲルの気持ちも予想して、この時間にキラと会えるようにしたのだろうか。
「……その可能性はあるな……」
 ぼそっとそう呟く。
「ミゲル?」
 何? とキラが聞き返してくる。
「このまま、お前をお持ち帰りできないように、隊長がタイミングを計ったんじゃないかって話」
 流石に、そう言うことはな……と付け加えれば彼女にも何を言いたいのかわかったらしい。
「……僕は、別にいやじゃないけど……やっぱり、まずいよね」
 これから作戦行動に出ると言うときに、そう言うことは……とキラも頷いてみせる。
「まぁ、それに関してはまだまだ機会はあるだろうからな」
 無事に帰ってこい。そう告げればキラは小さく首を縦に振って見せた。
「ミゲルもね」
 自分が知らないところで死なないで、と彼女は囁くように口にする。
「死ぬわけないだろう」
 これから楽しいことが待っているのに、とミゲルは笑って見せた。そのまま、もう一度軽く口づける。
「だから、さっさと帰ってこい」
「うん」
 この言葉とともにキラはミゲルの腕の中から抜け出す。その細い体を引き戻したい、と思う。しかし、その気持ちを強引に押し殺す。
「頑張れよ?」
 代わりにこの言葉とともにキラの背中を押した。

 その日、キラ達はプラントを旅立った。



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