コンサートは、もう圧巻だった。
 普通のアイドルのようなビートのきいた曲は少ない。いや、ほとんどないと言った方が正しいのか。だが、ラクスの声が紡ぎ出す世界は、それ以上に凄いとしか言いようがなかった。
 そのせいだろうか。ミゲルは直ぐに立ち上がることも出来なかった。
 しかし、いつまでもここにいられるわけではない。
「……帰るか……」
 現実に戻るために。そう呟きながらミゲルは立ち上がろうとする。
 そのまま、キラ達にも声をかけようとしたときだ。黒い服の明らかに訓練を受けているとわかる人物がそっと歩み寄ってくるのがわかった。反射的に、ミゲルは身構えてしまう。
「失礼いたします、キラさま」
 だが、相手は構わずにキラへと声をかけている。
「お時間がおありでしたら、楽屋の方へおいでいただけないかと、ラクスさまからの御伝言でございます」
 よろしければ、お連れの方も一緒に……と彼は続けた。その言葉に、ミゲルは力を抜く。
「どうする?」
 そんな彼に、キラが問いかけてきた。この言葉に、弟が期待に満ちた視線を向けてきている。
「どうやら、こいつがお会いしたいらしい」
 それに苦笑を浮かべつつ、ミゲルは言葉を返す。
「もっとも、御邪魔ならこいつを引きずってでも帰るが?」
 こう付け加えた瞬間、弟の口から抗議の声が上がった。
「ラクスが『いい』って言ってくれているようだから、大丈夫だよ」
 でも、一緒に帰れないかも……と彼女は続ける。
「どうせなら、最後まで一緒に帰ろうかと思ったんだけど」
 ちょっと無理かな、と少し残念そうな口調でキラは口にした。
「仕方がないって。ラクスさま優先にしておけ、今日は」
 他の機会もあるだろう。それに、自分たちはたいがいセットで行動しているのだから、と笑う。
「そう、だね」
 ほっとしたような表情でキラは微笑む。
「では、こちらに」
 タイミングを見計らっていたのだろう。男が口を挟んできた。
「はい」
 言葉とともに、一番通路側にいたキラが歩き出す。その後を、ミゲルが弟を連れて付いていく。
 人目に付かないようにと言う配慮だろうか。ロビーには出ずに、逆にステージの方へと向かった。そのまま、ステージの袖から奥へと進んでいく。
 やがて、彼等の目の前に花で埋められたドアが見えた。おそらく、そこがラクスの楽屋なのだろう。
「ラクス?」
 開いたドアからキラが中をのぞき込む。
「いらっしゃい、キラ」
 以前聞いたときと変わらない、柔らかな声が直ぐに室内から響いてきた。
「ううん。呼んでくれてありがとう」
 それにキラはこう言い返している。
「コンサートで聞いたのは初めてだけど、凄く素敵だった」
 さらにこう付け加えている。
「楽しんで頂けて嬉しいですわ」
 でも、とラクスは笑う。
「キラのためでしたら、いつでも歌わせて頂きますもの」
 とりあえず、中に入らないか……と彼女は続けた。
「ミゲル様もおいでなのでしょう?」
 この言葉に促されるようにミゲルはキラの斜め後ろへと移動する。
「お久しぶりですわ。楽しんで頂けまして?」
「えぇ。堪能させて頂きました」
 自分も、弟も……と告げれば、ラクスの笑みが深まった。
「それはよかったですわ」
 どこか勝ち誇ったような響きを感じたのは錯覚だろうか。
「よろしければ、弟のパンフレットにサインをして頂けますか?」
 だが、今は気にしないでおこう。そう考えながら言葉を口にする。そんな彼の隣から、弟がおずおずと顔を出す。
「あらあら」
 その仕草に、彼女は柔らかな笑みを浮かべる。
「その位、おやすいご用ですわ」
 差し出された手に、彼は嬉しそうにパンフレットを差し出す。
「よかったね」
 キラの微笑みが、この晩の出来事の中での中でミゲルには一番印象に残ったものだった。



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