自宅では、することがない。これならば、隊に残ってジンのメンテに付き合っていた方がいいだろうか。そんなことまで考えてしまう。
「……兄さん……」
 そんな彼の耳に、弟の声が届く。
「何だ?」
「なんだじゃないよ。さっきからずっと呼んでいたのに」
 そう言って彼は唇をとがらせる。
「悪い、悪い。ちょっと気にかかることを思い出してな」
 休暇が終わってからチーフにお目玉を食らうかもしれない。苦笑と共にそう付け加える。
「でも! 今は休暇中じゃないか」
 だから、自分のことを優先して欲しい。その表情のまま、彼はそう主張した。その表情を見た瞬間、キラのことを思い出してしまう。それはひょっとして末期症状なのか、とすら思わせる。
 しかし、今は弟をなだめる方が先決かもしれない。
 だが、何と言えばこのオコサマは納得してくれるのだろうか。
 そう悩んでいたときだ。
「休暇中だからと言って、お仕事のことを忘れるわけにはいかないのよ」
 そんなミゲルを救ってくれたのは母だった。
「それに、お兄さんには大切な人が出来たようだし」
 だが、このセリフは予想していなかった。
「母さん!」
 何でわかったのか、と思わず口にしてしまう。
「決まっているでしょう。あなたのお母さんだからよ」
 くすくすと笑いながら、母はミゲルの前にカップを置く。
「その位わからない方がおかしいわ」
 さらに付け加えられては、もう何も言い返せない。
「……ソウデスカ……」
 ため息とともにこう言い返すのが精一杯だ。
「それで、可愛い子?」
「可愛いけれど……仕事の時は、凄いかな」
 自分ではフォローすることしかできない。だが、それはそれで楽しいからいいか、と思ってしまう。
「ともかく、自分のプライドより大切な相手です」
「そう。それはよかったわね」
 そう言ってくれる母に、ミゲルはほっとする。
「と言うわけで、そのうち紹介してね?」
「……それは……」
 無理ではないか。少なくとも、自分よりも忙しい相手だから……と思わず言い返す。
 もちろん、母に紹介したくないわけではない。だが、そのせいでキラがさらに忙しくなってしまっては本末転倒だろう。
「独り占めはダメよ」
 そう言う問題ではないと思うのは自分だけか。しかし、母はどうやら本気らしい。
「……ダメ!」
「あら、どうして?」
「兄さんは、僕の兄さんだ!」
 これは完全にすねてしまったな、とミゲルはため息を吐く。いったいどうすれば、彼をなだめられるだろうか。ついでに、キラのことを認めて欲しいのだが。
 そう思ったときだ。ミゲルの端末が着信を告げる。
「誰だ?」
 まさか仕事ではないだろうな。そう思いながらポケットから引っ張り出す。
「……キラ?」
 タイミングがいいのか悪いのか。そう思いながらミゲルは通話ボタンを押す。その瞬間、母と弟が興味津々といった視線を向けてきた。
「俺だ。どうかしたのか?」
 頼むから邪魔はしないでくれよ、と心の中で呟きながら口を開く。
『ミゲル、明日、暇ある?』
 そうすれば、いつものふわふわとした口調でキラがこう問いかけてきた。
「明日?」
 その瞬間、弟の視線が険しくなる。
『そう。ラクスがコンサートのチケットをくれたんだけど、一緒に行ってくれる人がいないの。三枚あるんだけど……弟さんも一緒に付き合ってくれないかな?』
 興味があれば、だけど……と彼女は続けた。
「ラクス・クラインのコンサート? 俺は構わないが……」
 そう言いながら、視線を弟に向ける。
「……兄さん?」
 何やら、目を輝かせながら彼はミゲルに呼びかけてきた。どうやら、興味があるというものではないらしい。
「お前も行くか? キラが誘ってくれているんだが」
 もっとも、邪魔をするようならおいていくが……と心の中で付け加える。
「行ってもいいの?」
 嬉しげに彼は言葉を返してきた。
「あらあら。デートに御邪魔虫を連れて行く気?」
 母が即座につっこみを入れる。
「邪魔しない! だから連れて行ってよ!!」
「こっちは大丈夫みたいだ。で、どこで待ち合わせる?」
 それとも、迎えに行こうか? と問いかけながら、どこかうきうきしている自分がいることに、ミゲルは気付いていた。



BACKNEXT

 

最遊釈厄伝