大多数のものには憧れを。一部のものには恐怖を与えてラクスは去っていった。
 その後は、遅れたスケジュールを取り戻すべくきつめの訓練が待っていたのは言うまでもない。しかし、その間は余計なことを考えずにすむ。その事実にミゲルはほっとしていた。
「ミゲル」
 自分が逃げ出しそうになる理性を捕まえておくのにどれだけ努力をしているのか。それを知らないキラが、いつものように甘えるようにミゲルの名を呼んだ。
「何だ?」
 本当に。せめてもう少し大きければ何の遠慮もいらないのになぁ。そんなことを考えてしまうのは、まだまだ余裕があるからなのか。
「明日のことだけど」
 そう言いながら、キラは直ぐ傍まで近づいてくる。その瞬間、自分の体温が上昇したことをミゲルは自覚していた。
「明日って言うと……あれか」
「うん。チーム戦」
 MSの操縦ならいいが、今回は、コロニーを一つ使ってのサバイバル訓練だ。しかも、最終的にはどこかに隠してあるらしいMSの奪取もしなければいけないという冗談みたいな内容らしい。
 救いは、チーム編成に自分たちの希望がいかされることか。
「大丈夫。白兵戦は俺たちに任せておけ」
 パイロットコースのキラよりもダコスタの方が体力がある。それに、白兵戦に関して言えば、彼はかなりあてになるのだ。
「その代わり、キラはMSを探す方に集中してくれた方が、さっさとゴールまでたどり着けるだろうしな」
「そうだね」
 何か、嫌な予感がするし……とキラも頷いてみせる。
「嫌な予感?」
 何だ、と聞き返す。
「……横やり?」
 何と言えばいいのかわからないけれど、とキラは口にした。
「そう言うお遊びが好きな人を知っているし」
 自分がいるから、と付け加えられて思い浮かぶ人間が約一名いる。
 しかし、そこまで暇なのだろうか。
「口実なら、いくらでもつけられるしね」
 自分の隊に引っ張りたい人間を、自分の目で見極めたい。そう言えば、誰も反対できないだろう。それが許されるだけの実績を上げているのだ。
「もっとも、そうだとしても教えてはもらえないだろうけどね」
 下手に教えたらどうなるか。それは想像に難くない。
「クルーゼ隊長なら、おもしろがって『教えろ』と言われるかもしれないけど」
 自滅するならその程度の人間だ。そう言いかねない……と言って、キラはため息を吐く。
「あぁ……そう言う性格なのか」
 クルーゼ隊長は、とミゲルは呟いた。
「わかれば、凄く付き合いやすい方だけどね」
 それでも、被害が減るわけではない。むしろ、気に入られた後の方が大変かもしれない……とキラは付け加えた。
「ミゲルは気に入られそうなタイプだし」
 言葉とともにキラは彼の背中にすがりついた。
 その瞬間、ミゲルの心臓が大きく脈打つ。
「何だ?」
 自制心、自制心……と心の中で呟きながらミゲルは聞き返す。
「先に、コロニーの見取り図とか用意しておくのは反則かな?」
 それがあればかなり楽だと思うんだけど、とキラはさらに体重を預けながら問いかけてくる。
「ひょっとして、相談したかったのはそれか?」
 ミゲルが聞き返せば、キラが頷いた。
「……いいんじゃないのか?」
 別に、とミゲルは笑う。
「事前に情報を開示している、ってことは、そうやったとしてもいいってことだろう」
 構わないから、やってしまえ。ダメだったとしても、ごまかせばいいだけだ。そう言えば、キラは納得したらしい。
「……なら、ここのライブラリじゃない方がいいかな」
 この呟きと共にキラは離れていく。その事実に、心の中で安堵のため息を吐く。
「あまり、遅くまではダメだぞ」
 そして、こういった。
「わかってる」
 どこまで本当だろうな。そう思う。同時に、時間が来たら引きはがせばいいだけか。そんなことも考えていた。



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