特等席。それはMSのコクピット内の補助シートのことだ。 はっきり言って、ものすごく乗り心地は悪い。 だが、間近で操縦方法を見られると言うことも事実だ。 「……って、なんでミゲルと僕なんだろう」 もっと実戦なれしたパイロットもいるのに、とキラがぼやいている。 「まぁ、いいんじゃね?」 自分としてはキラと一緒で嬉しいし。笑いながらミゲルはそう言い返す。 「どう考えても、人手が足りないようだし」 それに、キラは基本的な操縦は出来るのだ。自分としては困らない。 「何よりも、この狭い空間にでかい男二人、というのは俺としては出来るだけ遠慮したいシチュエーションだしな」 だから、キラで十分。このセリフに本人は首をかしげる。 「他の人の操縦の方が参考になると思うんだけどな」 そう言いながらも、他の機体に負けないくらい滑らかな動きでキラは目的の位置へとジンを停止させた。 「ヤマトです。指定位置に着きました」 そして、指揮官であるクルーゼへと連絡を入れる。 『了解。では、そのまま、ゆっくりと船体にとりつくように。他のものもいいな?』 即座に他の者達も言葉を返してきた。 「……ずいぶん、信頼されているんだな、キラ」 誰もキラがこの場に参加していることに異を唱えるものはいない。むしろ歓迎しているようだ、と思うのは錯覚だろうか。 「顔見知りだから、じゃないかな」 それに、パイロットが足りないというのも事実だし。そう言いながらも、キラは慎重に機体をを進めていく。 「そうかな」 「そうだよ」 指示されたとおりの場所へ、おそらく十センチの誤差もなくMSを接岸させる。そのことが出来るパイロットが、今、何人いるだろうか。そう考えれば、やはりキラは凄いと思う。 『全員、ポジションに着いたようだな。では、作戦を開始する』 絶妙のタイミングで、クルーゼが次の指示を出す。その次の瞬間、ジンが船体を自分たちの母艦へと近づけていく。 どれか一機でもそのバランスを崩せば、この船体だけではなく、仲間達が乗っている母艦までもが危険にさらされる。 その緊張感からだろうか。 キラの額にうっすらと汗が滲んでいるように見える。 そんなキラの邪魔にならないようにしなければいけない。だが、本当はもっと違う場所からその姿を見つめていたいと思うのは、自分のプライドのせいなのか。 同時に、せめてそんなキラとそれなりにやり合えるようになるレベルまでは自分も精進しないとな。そんなことも考える。 そうでなければ、キラの隣にいられそうにないし。そう心の中で付け加えた。 でも、何故そんなことを考えるのだろうか、自分は。 不意に、そんな疑問が浮かび上がってくる。 それはきっと、自分がこの小さな同僚を好きだから、だろう。 「……最初は庇護欲、だったはずなんだけどな」 キラの耳に届かないように、口の中だけで呟く。 しかし、今、自分が相手に向かって抱いている感情はもっとヤバイものへと変わっている。 それでも、だ。 せめて、後、数年は待たないといけないだろうな……と小さなため息とともにはき出す。 流石に、今の年齢のキラに手を出すのは犯罪に近いだろう。せめて、キラがプラントで成人と認められる年齢であれば、もう少し事情は変わってきたのかもしれないが。 だから、と心の中で呟く。 キラがその年齢になるまで、できれば繋がりを切りたくないな……と思う。 もちろん、その間に自分の気持ちが変わる可能性だってある。それでも、キラに伝えていなければ本人を傷つけることはないのではないか。 同じように、キラが自分ではない誰かを選んだとしても、知らなければ自分に対する罪悪感を感じなくてすむだろう。その時は、きっぱりと割り切って《いい友達》になればいいだけだ。 「そうするのも、年長者の役目だろうし」 問題は、それが実際に可能かどうか、と言うことかもしれない。それでも、キラの側にいるならやらないとな、とそう思う。 そうしている間にも、二隻の船はゆっくりと近づいていく。 ぶつかるかぶつからないかのぎりぎりで、ジンはその船体の動きにブレーキをかけた。代わりに、自分たちの母艦の方がゆっくりと近づいてくる。 「とりあえず、これで一安心かな」 ほっとしたようにキラが呟いた。 「ミゲル」 そのままのけぞるようにして、彼を見上げてきた。 「何だ?」 「さっき、なんて言っていたの?」 にっこりと微笑みながらこう問いかけてくる。それに何と答えるべきか。それを悩むと同時に、自分の迂闊さにあきれたくなったミゲルだった。 |