「大丈夫なのか、キラ」
 って言うか、何でキラなんだ? とハイネが呟く。
「俺に聞くな、俺に」
 そう答えながらも、ミゲルはある可能性に行き着いていた。
「開発局でいじったことがあるのかもしれないけど、さ」
 でも、相手はクルーゼだぞ……と心の中で付け加える。
「ひょっとして、本気でレベルの違いを見せつける気か?」
 自分たちはまだMSを動かすことが出来ない。しかし、キラならば可能なのではないか。しかし、それでも戦場に出るにはまだまだ未熟なのだ。
 彼等はそれを教えたいのかもしれない。
 キラも、あるいは事前にそのあたりを説明されていたのか。当然のようにシミュレーターへと乗り込んでいった。そのためらいのない仕草からもキラがあれを使い慣れていることがわかる。
 クルーゼにいたっては言うまでもないことだ。
 そう心の中で呟いたときである。モニターにコンピューターが作り出した疑似フィールド。そして、彼等の機体が表示される。それらの邪魔にならないところにはキラとクルーゼの姿も、だ。
『わかっていると思うが……手加減はしないよ、キラ』
 クルーゼが柔らかな声音でこう告げる。
『わかっています』
 それにキラは静かに言い返す。
『ですが、それではみんなのためにならないかと』
 直ぐに終わってしまっては、ミゲル達がMSについて理解する間がないのではないか。そうキラは言っているのだろう。だから、クルーゼは前言を翻すのではないか。誰もがそう思っていた。
『君相手でそれはあり得ないね』
 しかし、彼の口から出たのは予想もしていないセリフだった。
「……キラって、実は強いのか?」
 ぼそっとハイネがこう問いかけてくる。
「俺に聞くな、俺に」
 アカデミー内のことしか知らないのだ。そう言い返す。
「……MSに詳しいことは、知っていたけどな」
 たまに――おそらく、守秘義務に反しない程度に――あれこれ教えてくれたから、とミゲルは付け加える。
「いいな、それは。ちょっとうらやましいぞ」
 自分たちの知らないデーターを持っていると言うことが、とハイネは口にする。
「今度、飯食っているときでも聞け」
 多分、彼にも教えてくれると思うが。そんなことを考えながら意識をモニターに戻した。
「開始」
 まるでそれを待っていたかのように教官がこう宣言をする。
「……一分、保つかな」
 誰かがこう呟いた。
「どうだろうな」
「賭けるか?」
「いいな」
 不謹慎なセリフが耳に届く。そいつらをぶん殴ってしまいたい。ミゲルはそんな気持ちを押し殺すのが精一杯だった。
 だが、それは直ぐに別の感情へとすり替えられる。
「嘘だろう?」
 キラが使っているのは、一般兵と同じグリーンの機体。それに対しクルーゼのそれは白の機体だ。
 その二機が互角と言っていい戦いを繰り広げている。
 それだけならば、クルーゼが手加減をしているのではないか、と言えるかもしれない。だが、彼が最初に宣言したとおり、その表情は厳しいものだ。
「……キラ……」
 あそこにいるのは、本当に自分が知っている《キラ・ヤマト》なのだろうか。
 ミゲルには、どうしても日常の姿と目の前の姿が同一だと思えない。
 それ以上に、目の前で動くあの機体に心を奪われてしまう。
 あれを操縦して、自由に飛び回りたい。
 いや、絶対にそうなってみせる。
 ミゲルの中で確固たる目標が生まれたのは、まさにこの瞬間だった。



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最遊釈厄伝