受付には誰もいない。だからといって、勝手に入り込むわけにもいかないだろう。
「失礼します。候補生のミゲル・アイマンです」
 そう判断をして、こう声をかけた。
 直ぐに、奥の方から誰かが歩み寄ってくる。
「詰め所から連絡はあったが、少し遅かったな。迷ったか?」
 言葉から判断をして、寮の管理をしている教官だろうか。
「そういうわけではありませんが……」
 この子供のことを何と説明するべきか。そう思いながらミゲルは口を開く。しかし、彼は最後まで言葉を綴ることは出来なかった。
「……肩に担がれているのは、キラか」
 ミゲルを眺めていた彼がいきなりこう言ったのだ。
「ご存じなのですか?」
 あちらに転がっていましたが、と驚いたように口にする。
「お前と同じく、今期の新入生だ」
 苦笑と共に教官は言葉を唇に乗せた。
「もっとも、以前から開発局の方に出入りしていたらしくてな。寮にはいると同時に遠慮なく呼び出されるようになったんだが……」
 どうやら、帰り着く前に力尽きたようだな……と彼はため息混じりに付け加える。
「まったく……今だからいいものの、学科が始まったらどうする気だ?」
 オコサマに無理をさせるなってぇの……と彼はさらに続けた。
「あの……」
 この子供――キラが凄いというのはわかった。しかし、自分はどうすればいいのだろうかと思わずにはいられない。
「あぁ、そうだったな」
 今思い出したというように彼は頷く。
「丁度いい。お前達は同室だからな。そのままキラを連れて行ってくれ」
「へっ?」
 今、何とおっしゃいました? とミゲルは思わず問いかけてしまう。
「キラはそう言う子供だからな。フォローできそうな人間を側に置いておきたい」
 家族欄を確認させて貰ったが、弟がいるのだろう? と言う問いかけに、反射的に頷いてしまった。
「ですが!」
「心配するな。それほど手はかからないと思うぞ……多分」
 最後の一言がとても気にかかるのですが。そう言いたくなるミゲルを無視して、目の前の教官はさらに言葉を重ねる。
「それに、お前が一番安全そうだったんだよ」
 心理テストの結果で、とまで言われるとは思わなかった。そう思いながらミゲルは相手を見つめる。
「訓練以外の場面で、相手の足を引っ張るつもりはないだろう?」
「そんなことをしても、意味ないじゃないですか」
 それで、実力が身に付くはずがない。だったら、その分、自主訓練をした方がマシではないか。ミゲルはそう言い返す。
「そう思えない人間もいる、ということだ」
 楽をして少しでも成績を上げたい。そう思う人間も多いのだ。
「だから、お前を選んだわけだ」
 何か、過大な評価を受けているような気がするのは錯覚だろうか。
 しかし、ここまで言われては『いやだ』と言い続けるのも馬鹿馬鹿しい。
「わかりました。でも、最低限のことしかしません」
 いくら幼くても、自分の意志でここに入学してきた以上、それなりのプライドがあると思うから。ミゲルはそう続けた。
「もちろん、それで構わない」
 一から十まで面倒を見てもらわなければいけないオコサマではないのだから。教官もそう言って頷く。
「そうそう。自己紹介がまだだったな。俺はフレッドだ。アカデミーではナイフを中心とした格闘技を受け持っている」
 しっかりとしごかせて貰うぞ、と彼は笑った。
「お手柔らかに」
 そんな彼に対し、こう言い返すしかできない。
「お前達の部屋は、二階の一番手前だ」
 付いてこい。この言葉とともにフレッドは体の向きを変える。
「鍵を渡して終わりにしようかと思ったが、キラを抱えては無理だろうからな。特別に案内してやる」
 これは好意なのだろうか。きっとそうなのだろう。そう自分に言い聞かせて、ミゲルはその背中を追いかけていった。



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