アカデミーに入学をしたのは、すこしでも早く自立したかったからだ。
 父が宇宙船の事故で死んでからも、自分も弟も何不自由なく――少なくとも金銭面では――過ごすことが出来た。しかし、それは母の負担の上に成り立っている。
「俺がザフトに入っても、母さんの気苦労は減らないだろうけどな」
 むしろ、いつ、戦争になるかわからない現状では、気苦労を増やすだけかもしれない。
 だが、とミゲルは思う。
「俺に出来そうなことって、他に思い浮かばないしな」
 歌うことは好きだ。
 しかし、それを職業に出来るかと言えば難しいとしか言えないだろう。
「まぁ、他にやりたいことを見つけたら、除隊すればいいだけだよな」
 だから、少しでも楽しむか……といいながら鞄を抱え直す。そして、寮の門をくぐった。
 しかし、彼の足は直ぐに止まってしまう。
「……これって、落ちているわけじゃないよな?」
 視線の先にあるものを見て、思わずこう呟いてしまった。
「ここは、既にアカデミーの敷地内だし」
 ここに来るまでも、しっかりとIDを確認される。だから、近所の子供が迷い込んできたと言うことはないはずだ。
「まさかと思うけど、あれ、アカデミーの生徒?」
 アカデミーの入学資格は、幼年学校を卒業していることだ。だから、可能性がないわけではない。
 しかし、普通の親であればもう少し手元に置いておきたいと思うのではないか。
 プラントで《成人》と見なされる年齢である自分ですら、母が何度も考え直すように言ってきたのだ。ひいき目に見て幼年学校を卒業したかしないか、と言う年齢のあのオコサマなら、かなりもめたのではないかと思える。
 それとも、親がザフトの隊員で子供もそうしたいと思って放り込まれたのか。
「どちらにしても、放っておくわけにはいかないよな」
 拾って、教官か誰かに引き渡すのがいいだろう。そう判断をして、大股に歩み寄る。
「おい」
 起きるようなら起こすか。そう思って声をかけた。
「……んっ」
 それに反応を返すように子供は寝返りを打つ。その瞬間、顔の上に広げていた本が落ちた。
「……これは、落としておくとかなりまずくないか?」
 つやつやの髪もふっくらとしたほっぺと唇も、年齢のせいか女の子のそれと言っても過言ではない。
 長いまつげも濃い影を落としている。
 まぶたの下で瞳の色はわからないが、それでも無条件で可愛いと言える容貌だ。
 ただでさえ、プラントは男女比に大きく差がある。それに何倍も輪をかけているのが軍であるザフトだ。こんなオコサマなら手を出しても言いと思う人間は多いのではないか。
「こう言うところでなきゃ、即座にGETするぞ、俺も」
 こんなのが無防備に落ちていたら、即座に手を出して、そのままなし崩しに付き合うに決まっているだろう。そう付け加える。
 もっとも、自分がそこまでわるに徹することが出来るかどうかというのは別問題だ。
「とりあえず、中に連れて行くか」
 このまま起きるのを待っていたい。しかし、それでは後々問題が起きそうな気がする。
 だから、と荷物を抱え直す。そして、子供へと手を伸ばした。
「軽っ」
 抱き上げた瞬間、思わずこう呟きたくなるくらい、子供の体重は軽い。ひょっとしたら、自分の弟と同じくらいなのではないか。そう考えて直ぐに否定する。
 弟はまだ十に満たないし、この子供は――大目に見て――既に十三、四歳ではないか。この年代には、それだけの年齢差はものすごく大きい。
 だから、流石にそれはあり得ないだろう。そう思い直したのだ。
「まぁ、楽だけどな」
 そう言いながら、なんとか子供の本も拾い上げた。
「寮の入り口は、あそこか」
 よっと呟きながらミゲルは立ち上がる。
 そのまま、危なげない足取りで歩き出した。



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