台風一過、というべきか。
 三十分も経たないうちに、研究員達は通常の作業に戻ったようだ。もちろん、子供の両親をのぞいて、だが。
「とりあえず、幸先がいいね」
 ほっとしたような表情と共にデュランダルが声をかけてくる。そんな彼の前に、レイがさりげなくお茶を差し出した。その後で、イザークとキラにはコーヒーがはいったカップを手渡してくる。
「本当は、紅茶の方がお好きでしょうが……俺では、あなたが満足して頂ける味に淹れる自信がありませんので」
 苦笑と共に彼はこんなセリフを告げた。
「別に、そこまで気にはしないが?」
 自分が淹れるのであればこだわるだろう。あるいは、自宅でメイドが淹れてくれるのであれば、完璧を求める。専門店でも同様だ。
 しかし、そうではない個人が好意で淹れてくれるものであれば、味は気にするものではない。うまければなおいいという程度だ。
「好意は受け取っておく」
 それでも、彼がその方がいいと判断したのであれば……と心の中で付け加えながら、イザークは口にする。
「というところで、話を進めていいかな?」
 それを合図と受け取ったのか。デュランダルが口を挟んできた。
「はい」
 すっとイザークは彼に視線を移す。
「辞令にも書いてあったとおり、君には主に、ここの護衛と本国との連絡役をお願いしたい」
 自分がしてもいいが、今日のようなときに一瞬でもこのラボを離れるのは不安だ。何があるかわからないから。そう彼は続ける。
「私がここにいれば、まだ、対処できることも多いからね」
 少なくとも、人工子宮に関しては……と彼は笑う。
「もっとも、キラとレイをはじめとした研究員達がたいていのことであれば対処してくれるがね」
 それでも、やはり責任者としてこの場に留まりたい。
 彼のこの感情は、父親と同じものではないだろうか。
 人工子宮を完成させた、と言う点から考えればその感情は納得できると言っていいのかもしれない。
「言っては悪いが、君は《ジュール》だ。そう言う点でも、最高評議会の信が厚い」
 他の誰かであれば怒りを爆発させたくなるセリフではある。しかし、相手がデュランダルではその気にもならない。
「その条件に当てはまるのであれば、自分でなくともよかったと?」
 それでも、ついついこう問いかけてしまう。カナード達の態度から判断をして、そんなことをはあり得ないとわかっていても、だ。
「否定はしないがね」
 しかし、と彼は続ける。
「それではキラが可愛そうだったからね」
 やはり、好きな相手とは近くにいたいものだろう? と彼は笑った。
「デュランダル先生!」
 慌てたようにキラが彼の名を呼んだ。
「キラ。こう言うときは昔のように『ギルさん』で構わないと言っただろう?」
 くすくすと笑いながら彼は言い返す。どうやら、キラの反応すらも楽しんでいるようだ。
「キラさんがそうやって反応をするから、この人もからかうんですよ」
 小さなため息とともにレイが口を開く。カレッジにいた頃には思いもしなかったセリフだ。
「レイ」
「ムウとカナードさんが、遠慮はすることはないと。シンからはキラさんをフォローするように頼まれていますし」
 カガリには、何かあったら連絡を寄越せ……と言われている。彼がそう付け加えた瞬間、デュランダルが嫌そうに顔をしかめた。
「ひょっとして、私の味方は誰もいないのかな?」
 そのまま、彼はさらに言葉を口にする。
「ギルがいじめっ子体質だから悪いんです」
 きっぱりとレイは言い返す。
「レイ君」
 それは言いすぎ、と口にしたのはキラなりのフォローのつもりなのだろうか。しかし、逆に追い打ちをかけているようにも思える。
「本当に君達は……」
 最近、逆襲することを覚えて……とデュランダルはわざとらしいため息をついてみせた。
「ひょっとして、ここに私の味方は一人もいないのかな?」
 さらにこんなセリフまで口にする。
「どうでしょうか……」
 きちんと味方もしているつもりだけど、とキラは首をかしげてみせた。
「ギルが悪いだけでしょう」
 レイはレイでこう言い返す。ということは、実は彼等の間で何かあったのかもしれない。だから、レイがすねているのではないか。不意に、イザークはその可能性に気が付く。
「そういうことにしておいた方が良さそうだね」
 流石に、二人にタッグを組まれてはこちらに分がない。そういってデュランダルは両手をあげて見せた。
「君も気をつけた方がいいよ」
 この二人だけは敵に回すな……と苦笑と共に彼はイザークに視線を向けてくる。
「心しておきます」
 真顔で言葉を返せば、次の瞬間、室内に笑いが響き渡った。