キラが真っ先に案内してくれたのは、ラボだった。 もちろん、ここが一番最重要施設だと言うことはわかっている。そして、自分もここにちょくちょくと足を運ぶであろう事もわかっていた。 「デュランダル博士は?」 どちらに、とイザークは前に行く小さな背中に問いかける。 その瞬間、彼の背中が小さく揺れたのはどうしてなのだろうか。 「多分、目的地にいると思うけど」 しばらく、何かをためらった後に、キラはこう口にする。 「キラ?」 どうかしたのか、と言外に問いかけた。その瞬間、彼の足が止まる。 「……あのね……」 何と言えばいいのかな、といいながら、キラはゆっくりと振り向く。 そんな彼の瞳を、真っ直ぐに見つめながらもイザークは彼の次の言葉を静かに待っていた。 おそらく、キラの中ではまだ決意が固まっていないのだろう。あるいは、口にしていいのかどうかすら、わかっていないのではないか。 「ひょっとしたら……イザークさんに、嫌われるかも、しれないんだけど……」 ただ、このセリフは聞き逃せない。 「前にも言っただろう? 何があろうとも、俺がお前を嫌いになることはない」 だから、そんな心配はするな。イザークは出来るだけ優しい口調でこう告げる。 「……うん……」 でも、とキラは小さなため息とともに言葉を重ねた。 「アスランには、それで嫌われちゃったから……」 この言葉に、イザークの眉が片方跳ね上がる。おそらく、カナード達が今でもアスランを許していないのは、それが原因なのだろう。いくら本人が、その事実を後悔しているとしても、だ。 「……その時、アスラン・ザラはまだ子供だったのではないか?」 こう言えば、キラは首をかしげてみせる。 「そうなの、かな?」 「おそらく、な」 どちらにしても、キラを傷つけた罪は消えない。 そして、そのせいで今もキラが苦しんでいるというのであれば、許せるわけがないだろう。 「……なら、いいな……」 だが、どこか祈るような口調でこう言われては、それを言動に出すわけにはいかない。 「俺は、そんな子供ではないつもりだ」 代わりにこう言い切る。 「キラがキラであればそれでいい。言いたくなければ、無理に言わなくても構わないぞ」 教えてくれれば嬉しい、というのは事実だが。そうも付け加えた。 「そんなに、難しい事じゃないんだけど……」 ナチュラルでも、そう言う人はいたという話だから……とキラは淡い笑みを浮かべる。 「……うまく言えないけど……僕の体の中に、卵巣があったんだって……」 卵巣があっても出口がないから、そのせいで体が不調を訴えていた。あまりに頻繁なので検査をしたら、その事実がわかったのだという。 「でも、体の方は男だったし、ずっとそうやって生きていたからって言うことで、治療をしたんだけど……」 そのために入院をすることになった。それは当然だと思う。問題だったのは、その理由を聞いたアスランの態度だったけど……とキラは苦笑と共に付け加える。 「そうか」 別に、その位であればおかしいことではないだろう。 キラが言ったとおり、ナチュラルでも時々見られる現象だ。だから、それでどうこう言う方がおかしいはず、とイザークは心の中で呟く。 「それで何かをいったのであれば、アスランが愚かなだけだな」 ともかく、安心させるようにこう告げた。 「……ありがとう」 キラは、小さな声でこう口にする。 「その時、僕の治療をしてくれたのが、デュランダル先生だったんだ……」 自分は知らなかったけど、その時、自分の体の中からとりだした卵巣を彼は保存していたらしい……とそのまま付け加えた。 「キラ?」 「父さん達が許可を出したんだって……デュランダル先生なら、悪用しないって信頼していたみたい」 彼ならばそうだろう。 あるいは、今の実験にも使われているのかもしれない。 そう考えたときだ。ようやくイザークもある可能性に気が付く。 「そうか。だから、カレッジでもあれだけキラを可愛がっていたのか」 ならば、きっと、キラにとって不利益になるようなことはするはずがないか……と心の中で付け加える。 「話してくれて、ありがとう」 言いたくなかったのではないか。そういいながら、そっと彼の頬へ手を伸ばす。 「だって……黙ってたくなかったから……」 すぐにわかると思うし、と彼はそういってくる。 「だが、それが嬉しい」 ありがとう、とイザークはまた口にした。 「……イザークさん……」 そんな彼に何を言い返せばいいのか。そんな表情をキラは向けてくる。しかし、彼のその口元には、はっきりと笑みが浮かんでいた。 |