そんなある日のことだった。
 クルーゼの元へ向かっていたイザークの襟首をいきなり掴んだものがいる。
「誰だ!」
 とっさにのその手を振り払いながらイザークは視線を向けた。
「……カナード、さん?」
 何故、彼がここにいるのだろうか。
 ここがモルゲンレーテの工場かオーブ軍の駐留地であれば、まだ納得できる。しかし、ここはザフトの駐留地なのだ。
「他の誰に見える?」
 しかし、侵入者がいるという報告はない。ならば、誰かに許可を得てここまで来たと言うことなのだろうか。
「ただ、ここでお会いするとは思いませんでしたので」
 こう告げれば、彼は低い笑いを漏らす。
「ラウさんにはいっておかないとな。ここのセキュリティは穴だらけだ」
 ということは、彼は無許可で侵入してきた、ということか。その事実にあきれるよりも恐怖を感じるのは、間違いなく、その実力の高さを理解できるからだろう。
 こんな人物を敵に回したらどうなるか。
 はっきり言って、自分では太刀打ちが出来ない。
「……では、隊長の所にご案内しましょうか?」
 とりあえず、彼をこのまま放置しておくよりは責任者に押しつけた方がいいだろう。こう考えて彼に問いかけの言葉を投げかける。
「そうだな。自力で行ってもいいが、それではお前達が困るだろう?」
 後でクルーゼに怒られるのはいやだろうし、そのせいでイザークがキラに近づくのを禁止されたら、自分が彼に恨まれる。
「キラは、そんなことはしないと思いますが?」
 問題は、カガリをはじめとした者達の方ではないのか。アスランに対する態度を見ているとどう思えてならない。
「確かに、キラはそうしないだろうな」
 言外に『自分はする』とカナードは認めてくれる。
「そうですか」
「まぁ、お前に関しては多少甘めに採点してやろう、と考えているのは事実だ」
 キラが、自分の作った檻から出る決意をさせたのはイザークだ。だから、それに関しては感謝している。そう言って彼は笑う。
「……それは?」
 いったい何なのか、とイザークは思わず視線を向けてしまう。
「俺の秘密ではないからな。本人に聞け」
 お前の態度次第では、キラも話してくれるだろう……と彼は続ける。
「そうですね」
 やはり、直接顔をあって話をしたい。ついでに、抱きしめたい……と心の中で呟く。
「こちらです」
 そのまま、彼を先導するように歩き出した。カナードもまた素直についてくる。
 無意識に、人目が少ないルートをとってしまっていることに途中で気付く。
 だが、彼にしてもこの訪問をあまり知られたくなのではないか。そう思ってそのまま、クルーゼの元まで案内をしていく。
 そんな彼の背中をカナードが静かに見つめている。しかし、彼の意図が今ひとつ理解できない。
 だが、彼が来たと言うことはかなり厄介な状況が待っていると言うことではないのか。
 しかし、その内容は何なのだろう。
 それを問いかけたい気はする。しかし、自分の立場では知らなくてもいいことかもしれない。
 それよりも、許されるならキラの様子を聞きたい……と心の中で付け加えた。
「ここです」
 そんなことを考えているうちに目的地へとたどり着く。
 クルーゼが現在執務室に使っている部屋のドアの前で立ち止まると、イザークはこう告げた。
「ありがとう」
 この言葉を耳にして、そのままこの場を離れようとする。しかし、そんな彼の襟首をカナードは掴む。
「だが、どうせだから、もう少し付き合え」
 ついでに話しもしたいこともあるからな……と彼は続ける。
「ちょっ!」
 だったら、クルーゼとの話が終わってからでもいいだろう。そう言いたいが、首を締め付けられているせいで声も出せない。そのまま引きずられるようにイザークはカナードと共に室内へと足を踏み入れる。
「……来たのかね?」
 しかし、クルーゼの方は平然と彼等を出迎えた。
「あぁ。そろそろ頃合いだろうと思ってな」
 色々な意味で、と彼は笑う。
「ということは、無事に?」
「着床したらしいからな」
 意味ありげな視線をイザークへと向けてくる。
「ということで、こいつを借りたい。構わないか?」
 その方が色々といいだろう。そうも続けた。
「こちらは構わないが……まぁ、本人次第だね」
 許可は出ているよ、とクルーゼは彼に言葉を返している。
「なら、このまま持っていってもいいのか?」
 だから、何がどうなっているのか、と聞きたい。
「きちんと説明をしてください!」
 だから、思わずこう叫んでしまっていた。