毎日のようにメールの交換をしているから、だろうか。キラが遠く離れた場所にいるという感覚は少ない。
 それでも、やはり、実際に顔を見られないのは辛いな……とそう思う。
「お前を抱きしめたいな」
 そうすれば、今、胸の中にあるこのわだかまりが全て消えるだろうか。
「難しいな、色々と」
 自分の立場と感情を両立させる、ということは。そうも心の中で付け加える。
 以前は義務だけを優先していればよかった。しかし、それだけでは割り切れないこともあるのだ、と今ならわかる。
「それが出来ると言うことが大人の証拠なのかもしれないが……」
 自分にはまだ出来そうにもない。
 だが、それはそれでしかたがないのではないか。人を好きになったのはもちろん、ここまで相手を欲することも初めてなのだ。
「……キラ……」
 こう呟いたときである。
 まるでその言葉を待っていたかのように端末がメールの着信を伝えてきた。その瞬間、イザークははじかれたように体を起こす。
 そのまま、端末へと駆け寄る。ここにディアッカがいれば、間違いなくからかわれたであろう。しかし、イザークにしてみれば、メールの相手を確認する方が重要だった。
「時間からすれば、そろそろ、キラからメールが来る頃なんだが」
 そう呟きながら、メールを確認する。
 一通は間違いなく待ち望んでいた相手からのものだった。
 だが、もう一通は予想外――といってはあれかもしれないが――からのものだ。
「……母上が、いったい……」
 何のようなのか。もちろん、彼女からのメールが来ることはおかしくないのだが。そう思いながら、反射的にそれを開いてしまう。
 そのまま、モニターに映し出された文字に、イザークは思いきり頭をかしげてしまった。
「母上は……キラを《女》だと思っているのか?」
 確かに、キラは可愛い。
 それでも、抱きしめた体には綺麗に筋肉がついていた。女性のような丸みもなかったはず。
「……だが、それさえ隠せば……にあうの、か?」
 肩幅やウエストのサイズを思い出しながらそう呟く。
 そう言えば、彼を抱きしめたときにすっぽりと胸の中に収まってくれた。そう考えれば、と続けようとしたところで余計なことまで思い出してしまう。
「……まったく……今はそう言うことを考えている場合ではないだろうが!」
 自分の体の反応に苦笑を浮かべつつも、叱咤の言葉を口にする。
「それというのも、母上が余計なこと書いて寄越されたのが悪い」
 確かに、ちょっとは見たいが……それでも、キラはそんなことをしなくても十分に可愛い。そう思ってしまう自分の思考が、既に破綻していることに、イザークはまだ気がついていない。
「第一、キラがいやがるに決まっている」
 だから、いくらエザリアからのメールとはいえ、これは見なかったことにしよう。そう判断をして、イザークはそれを閉じる。
 代わりに、キラからのそれを開く。
 そこには、いつものように実験の経過がさりげなく織り込まれている。
「もう、そんなになるのか」
 一番最初に人工子宮で成長を始めた子供は、既に、外界からの刺激に反応を返すほどになっているらしい。人間がまだ地球上だけで暮らしていたあの時期でも、ここまで成長をすれば早産でも死ぬ可能性は少なくなる時期だとか。
 これから、また何か支障が出てくるかもしれない。
 でも、その時には人工子宮から取り出して、普通の乳児医療に任せればいいのではないか。
 だから、次の受精卵の準備に取りかかっているらしい。
「……どうやら、あちらの方が一歩も二歩も先に進んでいるようだな」
 しかし、だからといって自分が驚くこととは何なのだろうか。
「色々と気にはなるが……会いに行けそうにないからな」
 勝手には、とそう呟く。
「護衛でも何でもいいから、アメノミハシラに行ければいいのだが」
 そうすれば、隙を見てキラを抱きしめることが出来るだろう。それだけで、十分なのに。
「……ともかく、元気でいることだけをメールするか」
 それと『キラに会いたい』という気持ちだけか。
 まかり間違っても、アスランのことは書けないだろう。
 こう考えた瞬間、苛立ちがわき上がってくる。
「まったく、あいつは……」
 本当に、どうしてあんなに意固地とも言える態度を崩さないのだろう。いや、最近、ますます酷くなってきているような気がする。
 きっと、何か原因があるはずなのだが……と最近のことを思い出す。
「変わったことと言えば……モルゲンレーテの隠し工場を見つけたことと……カガリ・ユラ・アスハが押しかけてきたことぐらいか?」
 流石に、自分の本来の立場に気付かれるとまずいか。そう思っていたが、彼女もそれなりに気がついていたらしい。あっさりと納得してくれた。
 いや、それよりも彼女にとっての問題が別にあった、というべきだろうか。
「……昔、本当に何があったんだろうな」
 キラのことが関わっている、ということは彼女たちの言動からもわかったが、その内容まではそうもいかない。
「だからといって、お前に問いかけるわけにもいかないしな」
 まぁ、あの二人が角をつき合わせていたぐらいは書いても構わないか。きっと、カガリの方からもメールで教えられているだろうし。
 そんなことを考えながら、キーボードを引っ張り出した。