それからの時間は、予想以上に早く過ぎた。
 はっきり言って、キラがこの地にいなくてよかったかもしれない。
 こう言いたくなるような光景が、モルゲンレーテの地下に存在していた。一歩間違えれば、キラもこの中にいたかもしれない。そう考えるだけで恐怖すら感じられる。
「……酷い、な」
 同じ事を考えていたのか。こう呟いたのは、アスランだ。
 キラがいなくなったからだろう。こうして平然と自分たちと行動を共にするようになった。
 それに関してはどうこう言える権利がないことはわかっている。
 しかし、どこか気に入らないというのも事実だ。
「連中にしてみれば、体のいい実験材料だった、と」
 それは、彼がキラを傷つけたことがある、ということが理由だろうか。
「……コーディネイターは工場で生まれてくる、と思っているわけではないだろうな」
 そんなことを考えていたイザークの耳に、アスランのこんなセリフが届く。
 ひょっとして、彼はキラがどうして生まれたのかを知らないのではないだろうか。だから、こうして無意識のセリフで彼を傷つけていたのかもしれない。
 だとするならば、彼はキラの周囲の者達から信頼されていなかった、ということだろうか。
「……人工子宮のイメージが先行していたなら、十分にあり得るな……」
 ということは、連中はあの研究を知っていたと言うことになる。
 あるいは、セイランあたりから聞き出したか、だ。
「人工子宮か……」
 ため息とともにアスランは言葉をはき出す。
「成功して欲しいと思う反面、本当にいいのか、と考えてしまう俺は、何なんだろうな」
 それによって生まれてくる子供達がコーディネイターの未来をつないでいくことはわかっている。それでも、その子供が幸せになれるのかどうかがわからない。
 この言葉を耳にした瞬間、イザークは思わず彼を殴りつけていた。
「イザーク!」
「黙れ、腰抜け! そうやってぐだぐだ言っているから、お前にキラに会う許可が出ないんだぞ!」
 キラが何のために努力をしていると思っている! とそう怒鳴りつける。
「イザーク!」
 その声が聞こえたのだろう。
 慌てた様子でディアッカ達が駆け寄ってきた。
「キラにとって、人工子宮の研究がどのようなものなのか、それもしらんくせに!」
 そうやってぽんぽんと口にするから、キラが傷つくんだ! とイザークは二人を無視してさらに言葉を重ねる。
「何だ? 要するに、そういう事を口にしたわけか」
 自分と同程度には事情を知っているディアッカがあきれたようにアスランを見下ろした。
「どちらにしても、ここでやる事じゃないけどな」
 何かを察したのだろう。ラスティがこう言いながら間に割り込んでくる。
「とりあえず、ここにいても俺たちが出来ることはないんだし……戻るか」
 ケンカでも何でも、そっちに戻ってからにしてくれ。そう、彼は続けた。
「そうだな。確認だけして来いって指示なんだ。もう、戻っても構わないだろう」
 彼等のことに関しては、自分たちではどうすることも出来ない。そうディアッカも頷く。
「もっとも……プラントの技術であれば、完全にではないが、日常生活に戻れるようになれる奴もいるかもな」
 そのために、うちのオヤジの部下が多数来ているんだろうけど……と彼は付け加える。
「そうなってくれればいいな」
 少なくとも、こんなところで最後を迎えるよりもいいのではないか。ラスティも頷いてみせた。
「しかし、何で隊長達は俺たちにこの光景を見せようと思ったんだうか」
 ふっとそんな疑問がわき上がってくる。
「……何か考えがあるんだろうが……流石に、わからないな」
 ただ、とラスティは呟く。
「これを見て、怒るのか悲しむのか……それとも、別の感情を抱くのか、それを確認したかったのかもしれないな」
 きっと、大きな作戦があるのではないか。
 それでなくても、人工子宮の完成が近いのは事実だし……と彼は続ける。
「なるほど、な」
 確かに、そうかもしれない。
「……だとするなら……アメノミハシラも安全とは言い難いと言うことか」
 キラからのメールでは、あと一息で完成だ、といっていたのだが……とイザークは呟く。
「そうなん?」
 即座にディアッカが食いついてきた。
「あぁ……現在、最終テストの最中だそうだ」
 許可を貰った者達の精子と卵子を使って、実際に成長を見守っている最中らしい。次第に大きくなっていく胎児の様子が可愛いと言っていた。そうも続ける。
「そうか」
 それはそれで楽しみだろうな……と頷きながらディアッカは歩き出した。イザークも同じように歩き出す。
「遺伝子上の両親達は、婚姻統制では子供が出来ないと言われていたカップルだそうだ」
 だから、心からその子供が人工子宮から出てこられる日を楽しみにしているのだ……とキラは教えてくれた。そう言えば、ディアッカは目を細める。
「それがいい例になってくれればいいよな」
「そうだな」
 体の中で育てられなくても、両親の愛情を一身に受けている子は幸せになれるに決まっているはずだ。
 同じように、彼等も元通りになってくれればいい。
 イザークは、祈るように心の中でそう呟いていた。