もうじき、寮に着く。
 その事実に、気を緩めてしまったのがいけなかったのだろうか。
「うわっ!」
 脇から飛び出してきた人影に、キラが押し倒されている。それをフォローすることが出来なかった。
「キラ!」
 それでも、すぐに彼のを場に駆け寄れたのは、過去の訓練の賜物だろうか。
「……フレイ?」
 しかし、キラの口から出たのは相手の名前らしい。と言うことは、顔見知りなのか。
「サイが酷いなの!」
 自分だけ置いていったの、と彼女は続ける。
「……置いていったって……」
 キラが困ったように口を開く。
「サイ達は実習でモルゲンレーテに行くって、トールからそう聞いているけど……」
 フレイは別のゼミでしょう? と付け加えられた言葉を聞いて、イザークはあきれたくなる。それではおいて行かれたとしても当然だろうが。
「だって……いつも一緒にいるのに、あたしだけ居残りなんて……」
 我慢できない、とあきれた言葉を彼女は口にした。
 でも、その位ならまだ、可愛いワガママ、ですませられるのだろうか。
「キラなら、モルゲンレーテには入れるでしょう? お願い! 連れてって!!」
 しかし、こう付け加えられてはそうは思えなくなる。
「ごめん、フレイ……僕、この後用事があるから……」
 抜けられないんだ、と申し訳なさそうにキラが言葉を返した。
 それで諦めれば、まだかわいげがあったものを……とイザークは目の前の少女をにらみつける。
「どうしても?」
 ナチュラルなのだろうか。まぁ、それなりに可愛いと言える容姿はしている――もっとも、どう見てもキラの方が可愛いと思うが――少女だからだろう。自分の言葉を断る相手がいるとは思っていないようだ。
「ごめん。その後で、ゼミに行かなきゃいけないし……」
 今日はあちらに泊まりだから、とキラは言外に『無理だ』と付け加えた。
「絶対?」
 それでも食い下がるのは、醜いとしかいいようがない。
「うん。どちらも、僕が抜けることで他の人に迷惑がかかるから」
 だから、ごめん……とキラはまた言葉を重ねた。
「……キラ」
 フレイが泣きそうな声で彼の名を呼ぶ。
「ごめん。僕だけが責任をとればいいことじゃないから」
 他の人たちだけではなく、最悪、国の方にまで迷惑をかけることになりかねない。
「……キラってば……学部が変わった瞬間、付き合いが悪くなったわ」
 ふてくされたようにフレイがそういう。その言葉の裏に、別の意味が含まれているような気がするのはイザークの錯覚ではないだろう。
 それがなくても、フレイの態度は気に入らない。
「キラ」
 だからといって、ここで自分が出しゃばっていいものかどうかも悩む。それでも、これ以上、無駄な時間を使いたくない。ディアッカ達も待っているだろうし、と判断をして、イザークは口を開く。
「そろそろ、みんなが迎えに来るかもしれないぞ」
 そちらの方がまずくはないか、と続ける。
「イザークさん……」
 自分の言葉に、キラがほっとしたような表情を作ったのがわかった。
「誰よ、あんた」
 しかし、フレイは違う。忌々しいという表情で彼を見上げてくる。
「そいつの知人だ。これから、共同で作業をすることになっている」
 それが何か? と逆に見下すように問いかけた。そうすれば、自分の顔がどのように見えるか。もちろん、理解をしての言動だ。
「第一、それが人にものを問いかける態度か」
 言葉とともに、キラの上からフレイの体を引きはがす。
「キラ。ケガはないな?」
 その後は故意にフレイを無視する。代わりに、キラに笑みを向けながら手を差し伸べた。
「ありがとうございます」
 こう言い返してくれながらも、キラはフレイの方が気になるようだ。さりげなく視線を向けている。
「荷物の方はどうだ? 割れ物は入れていなかったとは思うが……」
 しかし、その意識を恣意的に別方面へとそらす。
「……大丈夫だと思いますが……」
 でも、確認はしておいた方がいいでしょうね……とキラは荷物に手を伸ばした。
 もちろん、それがフレイには気に入らない行為だと言うこともわかっていた。
「……ちょと、あんた!」
 即座に矛先をイザークへと向けてくる。
「あたしは、キラと話をしていたのよ? 邪魔しないでくれる」
「それならば、俺はそれよりも先にキラと約束をしていたが?」
 邪魔をしていたのはどちらだ、とイザークは言い返す。
「今回は、キラが転ぶだけですんだが……打ち所が悪ければどうなっていたと思う? コーディネイターとはいえ、人間なんだぞ」
 それも理解できないような相手が何を言っている、とあきれたような響きを滲ませてさらに言葉を重ねた。
「……あんたも、キラ狙いな訳?」
 しかし、フレイはこんなセリフを口にする。
「あたしよりキラを優先するなんて、ホモ?」
 さらに付け加えられた言葉には本気であきれるしかない。
「フレイ!」
 そんなことを、とキラが注意をしようとして開いた口を、イザークは遮る。
「残念だが、お前程度の容姿なら見慣れているからな。だったら、性格で選ぶ」
 キラの方が素直で可愛い性格をしているだろうが、と笑う。
「……それは、否定できないけど……」
 でも、と彼女はイザークをにらみつけた。
「普通は、女性を優先するものでしょう!」
 キラが可愛いのはともかく、と言う彼女の言葉に、本人が複雑そうな表情を作る。
「人の迷惑を理解できない人間は、そもそも、気にとめる価値もない」
 これ以上話をしていても無駄だ。そう判断をしてイザークはこう言い捨てる。
「行くぞ、キラ」
 彼には優しい笑みを向けた。そのまま、その腕を取ると強引に歩き出す。
「ちょっと!」
 何かを騒いでいるらしいフレイのことは、即座に脳裏からかき消した。