最近、ディアッカはよく、部屋に帰ってこないことがある。それは、彼がザフトの仕事をしているからだろう。 本来であれば、自分もそれに加わらなければいけないのではないか。だが、今の自分はキラの側にいることを優先させられている。 ひょっとして、それは公私混同なのかもしれない。だが、それはそれでありがたいというのも事実だ。 こうして、キラとの時間がもてる。 キラの体を背後から抱きしめるようにしてベッドの上に座りながら、イザークはそう考えていた。直接肌を触れあわせなくても、こうして温もりを感じているだけで満たされているような気がする。 もっとも、それがいつまで続くかわからないが……と心の中で呟いたときだ。 「イザーク、さん」 小さな声でキラが呼びかけてくる。考えてみれば、今日、彼がこの部屋に来て口を開いたのは初めてかもしれない。 ということは、そろそろなのか。 「何だ?」 ある意味、覚悟は決めていたが。そう思いながら聞き返す。 「……一週間後、だそうです」 ぽつり、とキラが言葉をこぼした。 「そうか……」 いきなり『明日』といわれないだけマシだろうか。ついついそんなことを口にしてしまう。 「そう、ですね」 確かに、そう考えればマシなのかもしれない。キラもこう言って頷いてみせる。 「みんなに『さようなら』といえる時間がありますからね」 もちろん、これが永遠の別れになるわけではない。それはわかっていても、どこか寂しいのは、きっと、次に会うときには《学生》ではなくなっているからではないか。 「仕事に就いていたら、バカは出来ませんしね」 多少、羽目を外しても、苦笑いですませてもらえるのは学生だけの特権だろうし。そうも彼は続ける。 「だが、研究さえ終われば、また戻ってこられる可能性もあるのだろう?」 彼を抱きしめていた腕に少しだけ力をこめながらこう告げた。 「でも……その時にはもう……」 イザークは本国に戻っているのではないか。彼は小さな声で言い返してくる。 「何。こちらに来られる仕事はいくらでもある。それに就けばいいだけのことだ」 その時であれば、自分が《ザフト》の一員であることを告げても大丈夫だろうか。ふっとそんな疑問がわき上がってくる。 「でなくても、状況が落ち着けば、プラントとオーブの行き来はもっと楽になるだろうからな」 時間を見て会いに来る、とイザークは付け加えた。 「当然、キラも来てくれるだろう?」 プラントに、とそう囁いてみる。 「うん」 もちろんだけど……とキラは答えてくれた。しかし、その表情は曇ったままだ。 「キラ?」 「……プラントには、綺麗な人がたくさんいるんだよね……」 要するに、そういう者達に会えば自分の気持ちが揺らぐかもしれない。そう考えているのだろうか、彼は。 「だが、俺の好みはキラだが?」 外見だけではなく、その中身も気に入ったんだが……とイザークは囁く。 「それに、あれが完成すれば、婚約者の問題も解決するしな」 デュランダルがそう言っていた、とそうも付け加える。 「デュランダル先生が?」 「あぁ、そうだ。だから、そんな風に悩むな」 彼がそう言ったのであれば、間違いなくそうなるはず。 キラが知っているかどうかはわからないが、彼は評議会にそれ理の影響力を持っている。そして、人工子宮が完成すれば、それはさらに強くなるはずだ。 それに、と心の中で呟く。 自分の生死は既に彼の手元にある。それを使って子供ができれば、他の者達に対する規範になるだろう。そういう意味では《ジュール》の息子である自分がその選択したことはプラスになるのではないだろうか。 「……それとも、婚姻統制に関して嫌な思い出でもあるのか?」 キラの反応を見て、ふっとそんな疑問がわき上がってくる。しかし、それを口にしてすぐに『しまった』と思ったことも否定しない。 「……ないわけじゃないけど……」 でも、とキラはため息をつく。 「言いたくないのであれば、無理に言わなくてもいいぞ」 辛い思い出ならば、なおさらだ。そうイザークは慌てて口にする。 「……いつかは、聞いてほしいけど……もう少し、待ってくれると嬉しい、かな?」 多分、話せる日が来ると思うから。キラはそうも付け加えた。 「話せなかったら、話さなくていいんだぞ」 聞きたくないと言えば嘘になる。だが、そのためにキラを傷つけたいわけでないのだから、とイザークは告げた。 「そう言ってもらえると、嬉しい」 言葉とともに、キラは淡い笑みを口元に刻む。 「そう思うなら、もっと笑ってくれ」 キラの笑顔をたくさん覚えていられるように。イザークはそう言いながら、彼の頬に触れるだけのキスを贈る。 「イザークさん……ディアッカさんに似てきたね」 それに、キラは言い返してきた。だが、それはどこか楽しげだ。 「……あまり嬉しくないなそれは」 キラが笑ってくれるのはいいが、あれに似ていると言われるのは……とイザークは渋面を作る。それに、キラは小さな笑い声を漏らした。 |