ディアッカがコーヒーを淹れておいてくれてよかった。
 そう考えながらキラの前にカップを差し出す。
「眠れなくなるかもしれないがな」
 それでも落ち着けるだろう。そう付け加えれば、キラは小さく頷いてみせた。そのまま、彼は静かに口を付ける。
「本当にどうしたんだ?」」
 キラの向かいに腰を下ろしながらイザークは問いかけた。
「……ムウさんが……」
 後、カガリもかな? と彼は首をかしげる。
「そういう相手が出来たのに、そう言うことをしないのはおかしいんじゃないかって……」
 この言葉を耳にした瞬間、イザークは心の中で思い切り悪態を付いてしまう。
 それが好意から出た言葉であっても、余計なこととしか思えない。特に、目の前のキラの様子を見てしまっては、だ。
 こんな風に落ちこませるなんて何を考えているのか、と怒りすらわいてくる。
「人それぞれだろう?」
 だが、それよりもキラを安心させる方が大切だ。
「……それはわかっているんだけど……」
 でも、とキラは小さな声で続ける。
「考えたら、そう言うこと、したいって思ったことないし……」
 別に、それで今まで困らなかったし……と彼はうつむく。
「シン君は、それなりにしているようなんだけど……」
 本人は気をつけているようだが、同室ならいやでもわかってしまう。その意見にはイザークも同意だ。そして、それを見て見ぬふりをするのも同室者としてのマナーだろう。
 しかし、と思いながら口を開く。
「……と言うことは、自分で処理もしていないのか?」
 そうすれば、キラは小さく頷いてみせる。
「やっぱり……僕は欠陥品なのかもね」
 そのまま、彼はこうはき出す。
「それは違うだろう」
 何故、彼がそう言ったのか。もちろんイザークは知っている。しかし、それを本人に悟られるわけにはいかない。
「コーディネイターの中には、性的欲求が薄い者達も少なくない。お前も、そちらの人種だ、と言うだけではないのか?」
 別に、触られて感じないというわけではないのだろう? とついつい付け加えてしまったのは、やはりそういう感情があったからだ。
「……わからない……」
 でも、多分……とキラは口にする。
「そうか」
 ということは、本気で経験がないということなのか。イザークはそう判断をする。
「だからといって、実験するわけにはいかないだろうし、な」
 そんなことをすれば、自分が止まらなくなることは目に見えていた。
「……実験?」
 しかし、キラはそれに食いついてくる。
「……キラ……」
 思わず『頼むから』と言いたくなってしまった。
「ディアッカの言葉を現実にするのは、な」
 後がうるさい。
「イザークさん……」
 しかし、キラはそんな彼にすがりつくような視線を向けてくる。
「……辛いだけ、かもしれないぞ?」
 ため息とともにこう告げた。
「始めてしまえば、途中でやめる自信はない」
 行き着くところまで行かなければ、と吐息と共に続ける。
「……それでも……イザークさんなら」
 多分、我慢できると思う。キラは声を震わせながらもそう言いきった。
「キラ?」
「……イザークさんには、迷惑かもしれないけど……」
 そう言われて、引き下がれる人間がいるだろうか。
「まったく……」
 負けたよ、と苦笑と共に言い返す。
「しかし、本当にもう止められないからな?」
 言葉とともに、カップをサイドテーブルへとおく。そして、そのまま立ち上がった。
「イザークさん?」
 しかし、すぐにキラの側に歩み寄ったわけではない。端末の方へと進むと手早く操作をする。
「途中で邪魔をされるのは不本意だからな」
 あいつには自分が口にしたことに責任を持ってもらおう。そう続ければ、キラの頬がまた赤く染まる。
「大丈夫だ。極力、優しくする」
 明かりを落としながらイザークはこう声をかけた。それに、キラは小さく頷き返してくれる。
 それが、これほどまでに嬉しいことだとは思ってもいなかった。