そのころ、ディアッカは……と言えばオコサマ二人――と言っても、三つぐらいしか変わらないが――と共に料理を作っていた。
「だから、それはただの塩だって」
 さっきも確認しただろう? とディアッカは小さなため息をつく。そのまま手を伸ばすとシンの手の中から塩の容器を取り上げた。
「そこにいてもいいけど、邪魔しないでくれないか?」
 でないと、二人が帰ってくるまでに間に合わないぞ。そうも付け加えた。
「シン……この人達は大丈夫だって、俺もギルも何度も説明しただろう?」
 それとも、自分たちが信用できないのか? とレイがそんな彼をなだめている。
「……信用したいけど、俺はまだ、そいつらのことを知らない!」
 本当なら、キラをイザークと二人だけにしたくもなかったのだ。それでも、周囲に人目がある場所であれば、何かあったとしてもキラが逃げることは可能だろう。
 しかし、口に入れるものはそういうわけにはいかない。
 無味無臭の薬なんて使われてしまえば、対処のしようがないだろう! とシンは主張をしている。
「そいつらは信用できても、どこに害虫が潜んでいるのか、わからないんだぞ!」
 自分たちを巻き添えにして、キラだけ連れ去ったらどうするんだよ! と彼なさらに付け加えた。
「そちらの可能性は考えていなかったな」
 レイが小さな声で呟く。
「と言うより、俺としてはどうしてそう考えたのかのほうが気になるな」
 こう言いながら、ディアッカはまた一品、皿の上に移動させていく。
「……前に、一回、あったんですよ。本土でのことですけど」
 そのころからの知り合いなのだ、とシンは告げる。
「キラさんと俺と妹ともう一人が、やっぱり、あれこれ作っていたんだよ――と言っても、市販のホットケーキとかだけどな――その中に、睡眠薬が入っていたらしくて、キラさんがさらわれかけたんだよ」
 たまたま、もう一人遅れてくる事になっていた人間がいて、彼が気付いてくれたから未遂ですんだが。
 だから、本人達は安全かもしれないが、念には念を入れないと安心できない! とシンは言い切った。
「……そこまでする奴がいるわけ?」
 キラ本人が抱えている事情は聞いている。
 しかし、それだけではそこまでする価値があるのか。少なくとも、自分であれば、そんな危険は犯さない。
「そこまで手が込んでいたのは、その一回だけだけど……拉致監禁未遂は、結構あったな」
 だから、こちらの方が安全なのではないか。そういわれて、キラはここに入学を決めたのだとか。
「キラさん一人だと不安だから、俺も頑張ったけどな」
 おかげで、何とかキラと一緒にいられる。シンはそう言って笑う。
「と言うことだから、調味料や材料は一応確認しないと、俺が安心できないんだよ!」
 学食であれば、別の意味で安全だが……という理由はわかる。
 不特定多数が利用する食堂であれば、キラが来るまでに何人が利用をするのかわからない。
 そして、何かがあれば即座に対応を取れる人間がそこここにごろごろしているのだ。
「……そういうことがあったのなら、警戒されるのもわかるけどな……」
 小さなため息と共にディアッカは言葉を口にする。
「だったら、できあがったものを味見した方が早いだろうが!」
 こちらとしてもそちらの方がやりやすい。そう告げた。
「……確かに、その方が効率的だな」
 レイもまた、同意をするように頷いてみせる。
「できあがったものを確認しても、同じ事だ」
「そうなったら、出来たものがもったいないじゃないか!」
 食べ物を粗末にしたらいけないんだぞ、とシンは真顔で口にした。
「ずいぶんと、いいご両親のようだな、お前の家は」
 きちんとしたしつけをされていなければ、そんな言葉は出てこない。ディアッカはこう言って笑った。
「って言うか……後見人だけど……」
 自分の両親は死んだから、とさらりとシンは口にする。
「……マジ?」
 それは悪いことを言ったか? とディアッカは慌てた。
「別に……普通の事って訳じゃないけど、よくある話だから」
 だから、そこまで慌てなくていい。シンはそういって微苦笑を浮かべる。
「俺は……俺たちはきちんと保護してくれている人が見つかったし、キラさんもいるから」
 だから、と彼は続けた。
「俺からキラさんを奪う奴は絶対に許さない」
 キラの意志ならば嫌がらせ程度ですませるけど、彼の意志を無視するようであれば、絶対に後悔させてやる、とシンは拳を握りしめている。
「そうか」
 ディアッカは静かに頷く。そして、さりげなく用意した飲み物を彼の前に差し出した。もちろん、自分とレイの分も、だ。
「そういう相手を見つけられたのは幸せだな、お前」
 大切な相手を見つけられずにあがいている人間に比べれば、とさりげなく付け加える。
「……あんた……」
 その言葉をどう受け止めたのか。シンが真紅の瞳を丸くしながらディアッカを見つめてきた。
「とりあえず、だ」
 そんな彼に向かって、ディアッカは笑い返す。
「俺もイザークも、キラのことは気に入っている。少なくとも、友人になりたい程度にはな」
 だから、とシンの表情を見つめながら言葉を重ねた。
「ここにいる間は、俺たちにも手伝わせろ。どうやら、味方は多い方が良さそうだし」
 違うか? と言えば、シンは渋々ながら頷いてみせる。
「と言うことで、決まりだな」
 じゃ、それを飲んだら料理を運んでくれ。この言葉とともに、ディアッカはまず自分からカップに口を付けた。