耳元でこれだけ騒げばどんなに熟睡していても起きるのは当然だろう。
「うるさいわね」
 こう言いながら、フレイが身を起こす。
「……ごめん。起こしちゃった?」
 ここで真っ先に謝罪の言葉を口にするのはキラだ。そう言うところが彼らしいといえる。しかし、それがキラのいいところでもある、とイザークは思っていた。
「あんたのせいじゃないでしょ」
 そう言いながらもフレイは手で髪を整えていく。そう言うところは女性だな、と心の中で呟いた。
「お前が、フレイ・アルスターか?」
 こう言いながら、カガリが彼女にブラシを差し出す。
「そうよ。あんたは?」
 誰、と聞き返しながらもフレイはカガリの手からブラシを受け取る。どうやら、彼女にとって見れば身だしなみを整えることのほうが相手の正体を確認するよりも優先されるものらしい。
「カガリだ。カガリ・ユラ・アスハ」
 キラの従姉妹、ということになっているな……と彼女は笑う。
「あんたが?」
 途端にフレイの視線が相手を値踏みするものへと変化した。
「……ちょっと! 何で女の子なのにキラよりも肌が汚いのよ!」
 キラの肌は特別とはいえ、女の子としてどうなのか! とフレイはさらに詰め寄っていく。
「必要なときにはきちんとしている! 今は大暴れしてきた後だからな」
 しかたがないだろう! とカガリはカガリで言い返している。
「……お前ら……」
 そう言うことをしたかったのか? とイザークは思わず口を挟んでしまう。
「……あぁ、そうだったな」
 その一言で我に返ったのだろう。カガリが小さなため息をつく。
「フレイ・アルスター」
 真っ直ぐに彼女を見つめる。そして、ゆっくりとカガリは言葉を口にし始めた。
「今回のことはとても感謝している。お前に対する対応は、今度も変わらない。もし、このカレッジではない別の場所に移住したいというのであれば、すぐに対処しよう」
 ただ、と彼女は言葉を続ける。
「申し訳ないが、大西洋連合をはじめとした地球連合の面々との接触だけは制限させてもらう」
 日常生活に関しては、こちらでバックアップをする……と告げてカガリは言葉を締めくくった。
「ずいぶんと寛大ね」
 フレイが即座に言い返す。
「父親はともかく、お前はオーブ籍だしな。何よりも、キラの友達だ」
 多少、ひいきが入っていると言われても構わない、とカガリは笑う。
「私にとって、キラ以上に大切な存在はオーブという国以外にないからな」
 他にもそう思っている人間はいる。だから、そのことで何を言われようとも構わない。そう言いきる。
「そう言うことなら、お言葉に甘えるわ」
 どうせ、これからあれこれ買わなきゃいけないんだろうし……とフレイは頷く。
「もちろん、付き合ってくれるわよね?」
 キラ、と彼女はそのまま視線を移動させてきた。
「不本意だけど、そいつらも一緒でいいわ。荷物持ちは必要だものね」
 それならば、何があっても大丈夫でしょう? と彼女は続ける。
「キラがそれでいいならな。ただし、こちらからも一応護衛はつけるぞ」
 当然のようにカガリがそう告げた。
「カガリ!」
「当面のことだ。デュランダルとの話し合いがすめば……おそらく、ラボごと移動して貰うことになるだろうしな」
 お前には不本意なことかもしれないが。カガリはこうも続ける。
 だが、研究の完成を優先してもらわなければいけない。この言葉に、キラは唇を噛む。
「キラ……」
 確かに、カガリの言っていることは事実だ。プラントにしても、人工子宮の完成は悲願だといってもいい。
 しかし、キラが安全な場所に移動するとなったならば、自分は彼の側にいられなくなるのではないか。
 それが命令だというのであれば聞き入れなければいけないのかもしれない。
 わかっていても、離れたくないと思えるのは、ようやく思いが通じ合ったばかりだからだろう。
「……せっかく……」
 好きだって、言えたのに……とキラも小さな声で呟いている。
「大丈夫だ」
 反射的にイザークは彼を抱きしめる腕に力をこめた。
「どこにいても、お前を忘れるはずがないだろう?」
 いざとなれば、特権を使ってでもキラの元にいく……とそう付け加える。そうでなくても、毎日メールをするから。そうも付け加えた。
「……うん……」
 待っている、とキラは頷いてみせる。
「……熱いわね……」
 その光景を黙ってみていたフレイがこう呟く。
「確かに……」
 そうですね、とシンはさりげなく視線をそらせた。
「……まぁ、うざくならないうちはいいんじゃないのか?」
 平然としているのはディアッカだ。
「そうだな」
 少なくとも、キラが幸せそうだから構わないか……とカガリは苦笑を浮かべる。
「まだ話したいことはあるが、私の方がタイムリミットだ。そのうち、時間を作る」
 メールを送るから、と告げると彼女はきびすを返す。
「行くぞ、シン」
 そのまま、入り口近くにたたずんでいた彼に声をかける。
「まだ、こき使われるんですか、俺」
 嫌そうにシンがこう呟く。
「トダカからは『好きに使ってください』といわれているぞ」
 ほら、と口にしながら彼女はシンの襟首を掴む。
「俺もキラさんの側にいたいです!」
 そのまま、彼女はこう叫ぶシンを引きずって去っていく。その光景に、残された者達の口からは次第に笑いがこぼれ落ちていった。