それから半日ほど経った頃だろうか。
 部屋の外が不意に騒がしくなってくる。
「……何かあったのか?」
 イザークはそう言いながら立ち上がろうとした。
「俺が見てくるって。お前は、キラの側にいろ」
 しかし、それよりも先にラスティが行動を開始する。
「俺も行くか?」
 そんな彼にディアッカが問いかけた。
「いや、大丈夫だって。それよりも、ここに二人だけ残す方がまずいような気がするし」
 万が一のことを考えれば、とラスティは続ける。
「もっとも、そちらのお二人さんにとって見れば、二人っきりの方がいいかもしれないけどな」
 それはそれで困ったことになりそうだから、と言われている意味がわからないわけではない。しかし、このような状況でそう言うことをする人間だと思われているのか、自分は、と言う方がイザークにはショックだった。
「……ラスティ……」
 殴っていいか? と思わず問いかけてしまう。
「冗談だって」
 即座にこう言い返される。しかし、そうは思えなかったのは自分だけか。
「というわけで、確認してくるから」
 そのまま、彼は逃げ出すように部屋を出て行った。
「あいつもタイミングを読むのがうまくなったな」
 あきれているのか、それとも感心しているのか。よくわからない口調でディアッカがこういう。
「だからといってだな……いっていいことと悪いことがあるだろう」
 自分のことだけならばまだいい。しかし、キラのことが関わってくるとなれば、話は別だ。
「はいはい。わかっているって」
 お前がそういう態度だから、ラスティにからかわれるんだって……と言うディアッカの言葉は正しいのかもしれない。それでも、納得できるか……とイザークは思う。
「……何か、楽しそうだね」
 しかし、キラは予想外の言葉を口にしてくれる。
「キラ?」
「僕には……そんな風に軽口をたたける友達って、あまりいないから……」
 前の研究室に一人か二人、いた程度だ。キラはそう言って微笑む。しかし、それがとても哀しげに見えたのは気のせいではないだろう。
「それって、キラが可愛いからじゃないのか?」
 何かに気が付いた、というようにディアッカがこういう。
「ディアッカさん?」
「よく言うだろう? 高嶺の花にはなかなか手出しできないって」
 ついでに、女性陣ががっちりガードしていたんじゃないのか? と彼はさらに言葉を重ねる。
「あぁ……あいつならあり得るな」
 そう言いながら、イザークが脳裏に思い描いていたのは、もちろんフレイの存在だ。
「俺ですら、最初に威嚇されたしな」
「そのわりには、全然気にしていなかったようだが?」
 むしろ、あれに噛みつかれるのを楽しみしていただろう? とディアッカがからかってくる。
「新鮮だったからな、あの反応が」
 それに、イザークはこう言い返す。
「……フレイといえば……大丈夫かな?」
 僕たちにあのことを教えたせいで、厄介な状況に追い込まれていないだろうか。キラはふっとこんなことを口にする。
「大丈夫だろう。デュランダル博士には伝えてある」
 きっと、彼が彼女を保護してくれているのではないか。
「でなければ、ロンド・ミナ様が手を回してくれているだろうな」
 だから、大丈夫だ。そう告げれば、キラはほっとしたような表情で頷いてみせる。
「声をかけて置けば、情報が届くかもしれないな」
 でなければ、本人が来るかもしれない。
 別に予言したわけでも何でもない言葉だった。
 しかし、それがすぐに現実になるとは思わなかった……と言うのが口にした本人の本音だった。
「キラにお客さん」
 とりあえず確認して、大丈夫だと判断されたらしいから、連れてきた。そう言いながら、ラスティが顔を出す。
 その後ろにいた人物の姿を確認して、キラが立ち上がった。
「フレイ!」
 その顔に嬉しそうな色が浮かんでいる。
「キラ! それからそっちの銀色こけしも……無事でよかったわ」
 凄く心配していたの、と彼女は口にしながら駆け寄ってきた。そんな彼女をイザークはもちろん、ディアッカも止めようとはしない。
「フレイも……」
 大丈夫なの? とキラは彼女に問いかけている。
「あぁ……大丈夫よ」
 別に、と彼女は笑う。
「パパとケンカしたの。その腹いせに教えたことになっているから」
 その程度ぐらいなら、よくあることだから……と言って笑う彼女が、実は一番強いのかもしれない。
「なら、いいけど……」
「そうよ。あたしにとって見れば、キラと一緒に食べ歩きすることがパパよりも大切なんだもの」
 あくまでもにこやかに告げるフレイにその思いを深めた。