それが間一髪のタイミングだったとわかったのは、急ブレーキをかけたときだ。
 パワードスーツのマニピュレーターが門を直撃するのが確認できる。
「……それ以上屋ったら、国際問題だぞ!」
 こう叫んでいるのはシンだ。
「言っておくが、ロンド・ミナ・サハク様もここにいらっしゃるからな!」
 だから、オーブ政府がどうのこうのと言っても無駄だぞ……と彼は続けている。確かに、首長家の後継よりも現首長の方が立場が強いに決まっているか、とイザークは心の中で付け加えた。
 だが、相手が地球軍ブルーコスモスだとするならばどうだろうか。
「……戦争を起こす気か?」
 オーブの支配コロニーであるここでブルーコスモスがプラントの公的機関を襲撃する。しかも、モルゲンレーテで開発をされた機体を使って、だ。
 そうなった場合、誰が責任をとるのか。
「そんなことのために?」
 キラが小さな声でこう呟く。それは自分に向けられた言葉ではないとイザークにもわかっていた。
「あいつらにとっては重要なんだろう」
 それが、とそれでも言葉を返してくる。
「もっとも、それはあくまでも連中だけの理屈だ」
 オーブの者達やコーディネイターの気持ちをまったく考えていない。
 古い考えを他人に押しつけるしかできない連中なのだ。そうイザークははき出す。
「新しい考えを受け入れられない者はどこの世界にもいる」
 しかし、そのような者達は、いずれ淘汰される。それは歴史上、何度も繰り返されてきた真理だ。
 しかし、それを遅らせることは出来るかもしれない。
 そう考えているのだろう。
「ともかく……お前達は奥に行け!」
 そうしたら、ちょーっと派手に花火を上げるから。ディアッカは妙に楽しげな口調でこういう。
「……人死には出すなよ……」
 イザークはため息とともにこう呟く。
 言いたくはないが、彼とラスティがノリノリになれば何をしでかすのか、自分でもわからない。ついでに、止めるにはアスランの力も借りなければいけないのだ。
 しかし、アスランはキラの前に姿を現せないらしい。
 だから、今、あてにすることは不可能だろう。
 それでも、この場にロンド・ミナがいるというならばまだ心強い。それに、とキラの体をかばうように引き寄せながら心の中で付け加える。
 ひょっとしたら《彼》も近くにいるのではないか。ならば、適当なところで手を貸してくれるような気がする。
 もちろん、それは自分たちのためではない。
 キラが悲しむから、と言う理由だろうが……別に構わないのではないか。自分の矜持よりもキラの方が優先されるべきだ。
 そんなことを自分が考え日が来るとは思わなかった。
「キラ……」
 それでも、今何よりも大切なのは、腕の中のこの存在だ。
 彼を連中なんかに渡すわけにはいかない。だから、と思ってこう呼びかける。
「そう、だね……僕がここにいると、みんなも避難できないよ、ね」
 キラは自分に言い聞かせるようにこう口にした。
「あいつらは、即座に『気にするな』と言うと思うぞ」
 こう言いながらキラを安全な場所へと導こうとする。
「……パソコンさえあれば、多分、あれを止められるし……」
 さらに彼はこんな呟きを漏らす。
「キラ?」
「……一応、OSは完成させてから移籍したけど……万が一の可能性があったから、制止コードを用意してあるんだ」
 裏コードだから、知っている人間はあまりいないけど……と言われて、イザークは笑みを浮かべる。
「わかった。すぐに用意してやる」
 あれさえ動きを止められれば、とりあえずこちらも対策を取れるだけの時間を得られるはずだ。そう考えながら、イザークは頷く。
「なら、急ぐぞ」
 少しでも早いほうがいいだろう。こう言いながらそのままキラを導くようにして奥へと足を運ぶ。
 待ちかまえていたようにドアが開いた。
「……どうやら、あそこから入れ、と言いたいらしいな」
 キラに余計なものを見せまいとしているのか。それとも、既に準備を整えて待っているのか。
 ロンド・ミナがいるのであれば、後者の可能性が高い。
 だが、それはありがたい。いくらあのメンバーとはいえ、生身であれらの相手をするのは辛いはずだ。
 何よりも、国家問題にするのはまずいだろう。
 そんなことを考えながら、飛び込むように入り口をくぐった。
「無事だな、キラ」
 即座に聞き覚えがある声が耳に届く。
「ミナ様!」
「こちらだ。機器を借りてある」
 後で、レイをしなければいけないだろうが、今はあれを止めることが先決だ。そう言って彼女はそっと右手であるドアを指さした。
「でないと、カナードが乱入してきかねん」
 それだけは避けたいだろう? と彼女は半ば冗談のように口にする。しかし、腕の中でキラの体が強ばったのは事実だ。
「……何かあったのか?」
 思わずこう問いかけてしまう。
「……コロニーを一つ、半壊にしただけ」
 想像以上の惨事に、イザークも言葉を失ってしまった。
「そのあたりのことは、全てが終わったら話してやろう」
 小さな笑いと共に彼女はそう告げる。しかし、それはそれで怖いような気がするのは錯覚だろうか。
 しかし、今はそれを考えている場合ではない。
「わかりました」
 この言葉とともに、指示された部屋へと足を向けた。