「こっちにエレカを用意してあるから」
 ラスティがこう言いながら、先頭を走っていく。その後をキラも大人しく付いていった。
 聞きたいことはたくさんあるはずだろうに、何も言わない。
「……後で、きちんと説明をしないとな……」
 少なくとも、ラスティとの関係については……とイザークは呟く。
「ともかく、今は逃げ切ることが先決だな」
 そう呟きながら、目の前を走っている細い背中を見つめる。
 だが、すぐに別の人影をも見つけてしまった。
「ラスティ! 右!!」
 即座にこう叫ぶ。
「わかってる!」
 言葉とともに枯れ果てにしていた小さなカプセルのようなものを相手に投げつけた。それは願いを違わずに相手の顔にぶつかって、何やら毒々しい色の粉を周囲にまき散らしている。
「……何だ、中身」
 それだけでその場にうずくまってしまった相手を見て、思わずこう問いかけてしまった。
「まずいものではないよな?」
 だとするならば、後始末が大変だ。そうも思う。
「ただの胡椒と唐辛子の詰め合わせ!」
 古典的だが、よく聞くよな……とラスティは笑った。
「そうですね……」
 キラも、別の意味で感心しているのか。こう呟いている。
「まだまだあるから、心配しなくていいぞ」
 もっと、他の組み合わせのもあるしな……とラスティは楽しげな口調で付け加えた。
「遊んでいるのか、お前」
 思わず、こう言い返したくなる。
「いや、純粋なる好奇心」
 古典的な方法がどれだけ通用するものなのか、それを知りたかったのだ。
 平然とこう付け加えられては、文句も言えなくなってくる。
「……やはり、有効なんですね」
 さらに、キラがこんなセリフを漏らしたとあればなおさらだろう。
「みたいだねぇ」
 しかも、後始末をしなくても良さそうだし……とラスティも言葉を返している。その口調にどこか相手を気遣うような響きを感じるのは自分の錯覚ではないだろう。
「ともかく、先に乗ってくれるかな?」
 こう言いながら、ラスティはまたカプセルを取り出す。そして、イザークの背後から追いかけてきていた連中へと投げつけた。
「……キーは?」
 その脇をすり抜けながら、イザークは問いかける。
「ほら!」
 彼の手に、エレカのキーがおとされた。
「って、俺を置いていくなよ?」
「わかっている!」
 別にラスティを置いていっても構わないのだが、それではキラが気にするだろう。だから、と自分が考えていることを、彼は気付いているのかもしれない。
 とりあえず、彼が防いでいるうちに発進できるようにしないといけないだろう。
 そう考えて運転席に体をねじ込む。シートに座ると同時に、キーを差し込んだ。
「ラスティ!」
 そのまま、彼に呼びかける。その時にはもう、ゆっくりとだがエレカを前に進めていた。
「だから、置いていくなって!」
 慌てたように彼も後部座席に飛び込んでくる。
「この程度ぐらい、お前なら大丈夫だろう」
 しれっとした口調でこう言い返した。
「……イザークさん?」
「幼年学校時代の知り合いだ」
 とりあえず、こう告げておく。もちろん、それだけではないのだが、あえて口にしなくてもいいだろう。
「お前の件で顔を合わせるまで、こちらに来ているとは知らなかったがな」
 これは事実だ。だから、ためらうことなく付け加えられる。
「そうなんだ」
 巻き込んでよかったのだろうか。キラがそれを悩んでいることは伝わっている。
「あぁ、気にしなくていいよ。そいつのそんな顔が見られただけでも、十分な報酬だから」
 プラントにいた頃は、そういう表情が出来るとは思っていなかったし……とラスティは付け加えた。それに関しては否定できないものがある。だから、あえて何も口にしない。
「で? どこに逃げる?」
 話題を変えるようにこう問いかけてきた。
「そうだな……」
 オーブ関係の施設は、どこにあの男の手が回っているのかわからない。
「……無難なのは、プラントの領事館か……」
 しかし、敵もその可能性は考えているだろう。だから、迂闊に近づくことも出来ないのではないか。
「でなければ、ムウ・ラ・フラガの所か?」
 でなければ、ロンド・ミナ・サハクの所だろう。イザークはそう告げる。
「問題は、俺は彼等の居場所を知らないことだな」
 それさえわかれば、すぐに駆け込めるのに。その言葉にキラが申し訳なさそうな表情を作るのがわかった。