このまま、先に進んでもいいものだろうか。
 そう考えながら、イザークはキラの背中をそっと撫でていた。
 もちろん、誰が来るかわからないこの場で最後まで進むつもりはない。このままではキラに負担をかねることにもなりかねないかし、とも付け加える。
 それでも、キスぐらいは許されるのではないか。
 心の中でそう呟いたときだ。
 不意に、室内に軽やかな電子音が響き渡る。
「……電話……」
 それで我に返ってしまったのだろう。キラが腕の中から抜け出していく。
「誰から、だ?」
 鞄から携帯をとりだして操作している彼に、イザークはこう問いかけた。
「フレイから、だね」
 おそらく、相手が誰なのか表示されているのだろう。キラは即座にこう言葉を返してくる。
「……あの女が?」
 いったい、今度は何をキラにさせるつもりなのか。そう思ってイザークは顔をしかめた。
 せっかく、キラの気持ちを本人の口から確認できたのに、早速邪魔されるのか。そう考えただけで怒りがわいてくる。
 だが、まったく予想外の方向へ状況は転がり始めていたらしい。
「うん、僕だけど……どうしたの?」
 フレイ、とキラがいつもよりは優しい口調で言葉を投げかけている。それは、相手が女の子だからだろうか。
 自分でも、同じような行動をとるだろう。
 それはわかっていても、何故か面白くないと認識してしまう自分に、苦笑を浮かべるしかできない。
 そう考えていたときだ。
「イザークさん? うん、一緒だよ」
 どうかしたの、とキラが口にしている声が聞こえた。
「キラ?」
 どうかしたのか、とイザークは彼の顔をのぞき込む。
「……何か、イザークさんに代われ、フレイが」
 何だろう、とキラが首をかしげている。
「貸してみろ」
 本当に何を考えているのか。そう思いながら、イザークは手を差し出す。そこに、キラが素直に携帯を乗せてくれる。
「代わった。俺だ」
 何のようだ、とイザークは即座に問いかけた。
『いいから……今すぐ、そこから逃げなさい!』
 即座にフレイがこう怒鳴ってくる。
「逃げろ?」
 その言葉だけでイザークは事情が飲み込めたような気がした。
「バカが逆ギレしたのか?」
 こう問いかけながら、キラに荷物をまとめるよう指示をする。
『そういう所よ。とりあえず、今日一日逃げ切れば、何とかなるはずよ!』
 キラは自分お気に入りなんだから、傷を付けたら許さないわよ! と彼女はいつもの口調で続けた。
「わかっている」
 自分だって、キラを傷つけられるのはいやだ。だから、最善を尽くす……と言い返す。
「あぁ、準備が出来たようだ。そう言うことで、切るぞ」
 イザークはそういうと同時に、通話を終わらせる。
「……イザークさん……」
 二人分の鞄を抱えながら、キラが不安そうに問いかけてきた。
「どうやら、ムウ・ラ・フラガがここに来たのがあいつにとってはまずいことだったようだな」
 ともかく、ここから離れた方がいいだろう。その間に、どこに逃げ込めばいいのか、考えればいい。そう言って笑う。
「……デュランダル博士には連絡をしておいた方がいいだろうな」
 キラの手から自分の荷物を取り上げながら言葉を続けた。
「そう、ですね」
 その方がいいだろう。キラがこういった理由と自分のそれとは違うのだ、とキラは気付いていないのではないか。
「デュランダル博士からフラガ氏にも連絡が行くだろうしな」
 ディアッカあたりも呼び出してもらえるか、とイザークは苦笑と共に言葉を重ねた。
「……それは……」
「気にするな。あいつらも、お前に何かあれば騒ぐだろうからな」
 だから、守られてやれ……と口にしながら、そっと彼の背中に手を添える。
「それに関しては、後で、だ」
 今は、ここから離れることのほうが先決だろう。そう続ければキラも頷いて見せる。間違いなく、自分がここでだだをこねればこねるだけ危険が増すことと認識しているのだろう。
「とりあえず……そうだな」
 人目の付くところにでも移動をするか。
 イザークはこう提案をする。
 いくらバカでも人前で強引なことはしないだろう。それに、途中で知り合いと合流できるかもしれない。
 この言葉に、キラは頷いてくれる。しかし、その表情は強ばったままだった。