それから、しばらくは静かな学生生活が送れた。
 だが、その間にキラの態度が微妙に変化してきたような気がするのは自分の錯覚だろうか。イザークはそう考えている。
「どうかしたのか、キラ」
 今も、何故か自分の顔を見つめていた彼に、思わずこう問いかけてしまった。
「……あっ……」
 しかし、本人はその事実に気付いていなかったのだろう。慌てて、視線をそらす。だが、その頬がしっかりと赤く染まっていることをイザークは見逃さなかった。
「俺の顔は気に入っているようだな」
 からかうようにこう告げる。そうすれば、キラの顔が真っ赤に染まった。
「イザークさん!」
 それでも、何か反論をしようかと考えたのか。キラは彼の名を呼んだ。
「構わないぞ。俺の顔が好きなら、あきるまで見ていてくれても」
 だが、それよりも早くイザークはこう言い返す。
「言っただろう? お前のワガママなら出来る限り叶えてやるって」
 それに、とイザークは笑う。
「お前に見られるのはいやではない」
 むしろ、もっと見てくれて構わないぞ、とさらに言葉を重ねる。
「イザークさん……僕は……」
 それに、何と言えばいいのかわからない。その感情がありありとわかる視線でキラは言葉を探している。本当に、彼は言葉よりも瞳の方が雄弁だ。
「できれば、顔以外も好きになってくれると嬉しいがな」
 イザークは少しだけ自分の感情を吐露しておく。
「……僕は……」
「頼むから、俺の感情までは否定するな」
 キラが好きだという気持ちは、自分の本心からのものだ。そうも付け加える。
「もちろん、素直に受け入れてもらえるとは思っていないが……それでも、側にいることだけは許してくれ」
 キラがいやだというのであれば、何もしない。今まで通りの態度をとるように努力もしよう。そう言って笑ってみせる。
「……僕を好きになっても……イザークさんのためには、ならないのに……」
 ようやく、キラは自分の感情を言い合わせる言葉を見つけたのか。絞り出すような口調でこういった。
「恋愛なんて、損得でするものではないだろう?」
 違うのか、と彼は言葉を重ねる。
「……でも……」
 また、イザークが厄介ごとに巻き込まれるかもしれない。自分がそれは嫌なのだ……とキラは口にする。
「どうして、いやなんだ?」
 キラ、とイザークは優しい声音で問いかけた。
 もちろん、それが意地悪な質問だ、と言うこともわかっている。それでも、問いかけておきたかったのだ。
「……だって、イザークさんが傷つくのは、見たくない……」
 それに、キラはこう言い返してくる。
「だから、なんでだ?」
 別に、自分が傷ついてもそれはキラのせいではないだろう? とさらに言葉を重ねた。
 いつもならば、こんなことはしない。
 だが、今日は妙な予感があったのだ。
 今、この場を逃せば、キラから本心を聞き出すことが出来ない。それどころか、彼を失いかねないような気がする。
 この場にいるのが自分たち二人だけだ、と言うこともそれを後押ししたのだろうか。
「……だって、迷惑でしょう?」
「何が?」
 それでも、怒鳴りつけるようなことだけはしたくない。今までしたこともない忍耐を保っていられるのも、キラを恐がらせたくないから、だろうか。
「……僕が、イザークさんを……」
 キラはどうするべきか、と悩むかのように一言一言をゆっくりと口にし始める。
「キラが俺を?」
「……特別だって、思っているから……」
 泣きそうな声で告げられた言葉が、どれだけ嬉しいものか。キラにはわかっているだろうか。
「迷惑だなんて、言うはずがないだろう?」
 むしろ嬉しい。そう言いながら、そっとキラの頬に手を添える。できれば、そのまま抱きしめたい。そう思うが、大丈夫なのだろうか。
「でも……イザークさんのお家は、プラントでも名門でしょう?」
 必ず、結婚して子供を作らなければいけないのではないか。そう彼は言葉を口にする。
「それは、お前達の研究が完成すればいいだけのことだ」
 邪な考えかもしれないが、精子を提供したのも、そうすれば全てが解決すると思っていたことも否定できない。
「だから、気にするな」
 母には殴られるかもしれないが、と心の中だけで付け加える。それでも、キラを見れば彼女だって気にいるに決まっているのだ。
「俺も、お前を特別だと思っているんだ」
 だから、と微笑む。
「……うん……」
 でも、ごめんなさい……と呟きながら、キラの方からイザークの肩に額を押しつけてくる。そんな彼の体を、そっと抱き寄せた。