しばらくして、シンが顔を出した。その手には、キラの着替えらしきものがある。間違いなく、ディアッカが気を利かせてくれたのだろう。ありがたいのだが、少し残念な気もする。
 イザークはそんなことを考えながら、彼を出迎えた。
「キラさん、まだ眠っているんだ」
 ベッドの上で静かに寝息を立てているキラを見て、シンは安心したように呟く。
「もうしばらく、あんたに頼んでいい?」
 その間に、あちらこちらにメール出すから……と彼は続ける。
「それは構わないが……」
 結果だけは、きちんと教えろ……とイザークはシンを見つめた。
「もちろんだって……でも、あいつがキラさんにそんなことをするなんて……カガリ様にばれたらただじゃすまないって、知っているだろうに」
 婚約どころか、決闘を申し込まれるぞ……とシンははき出す。
「だが……逆に、キラを言いなりに出来るのであれば、婚約も簡単なのだろう?」
 違うのか、と問いかければ「違わない」と嫌そうな表情で言葉を返してくる。
「ならば……何か、焦らざるを得ないような事をしたのかもしれないな」
 だから、慌ててキラを取り込もうとした。ディアッカの言うとおり、元々、キラをそういう目で見ていたからこそ、こういう手段に出たのかもしれないが。
「……それも、調べておきますよ」
 そっちに関しては、すぐにわかると思うから。そう言ってシンは笑う。
「ついでに、あの野郎がどこにいるのか。それも調べておきますか?」
 まぁ、だいたい見当が付いているけど……と彼は続ける。
「そちらに関しては別にいいんじゃないのか?」
 居場所がわかっていたとしても、自分たちでは監視をすることも出来ないだろう。そう続ける。
「やっぱ、そうですよね」
 残念、とシンは付け加えた。
「……全くだ」
 もし許されるなら、それなりの報復が出来るだろうに……とイザークはため息をつく。
「とりあえず……カナードさんには報告しておくべき、かな?」
 ふっと思いついた、と言うようにシンがこう呟いた。
「シン?」
 彼に伝えて大丈夫なのか。言外にそう問いかける。
「少なくとも、殺されないとは思いますけどね」
 だが、シンの口から出たのはこんなセリフだ。
「……それはそれで問題ではないのか?」
 あれでも、セイランの跡取りなのだろう? と問いかければ、
「そのあたりは、カナードさんがうまくやってくれると思うけど……」
 キラさんに知られないように、とシンは言い返してくる。
「あの人に関しては、もう、俺たちがあれこれ言えるような相手じゃないから」
 それは、ユウナ・ロマも同様だ……と彼は続けた。
「問題があるとすれば、それこそ、キラさんが悲しむことだけ、かな?」
 自分のために誰かが傷つけられるのをいやがるから……という言葉に、イザークは本当に彼らしいと思う。
「なら、お互いに気をつけないとな」
 キラを傷つけないように、と笑う。
「そうですね」
 と言うわけで、後はよろしく……とシンはテーブルの上にキラの着替えを置く。
「でも、襲わないでくださいよ」
 ドアの方に移動しかけて、彼は不意に立ち止まった。そう思った次の瞬間、いきなりこんなセリフを口にしてくる。
「……お前、な」
 そう言われてしまう、と言うことは自分の気持ちが彼にはばれていると言うことだろうか。
「そう言うことをするなら、今までに結構チャンスがあったとは思わないか?」
 それ以前に、あれと同一視をするな……とそう付け加えてやる。
「わかっているけどさ。でも、万が一って事があるし……カナードさんが釘を刺しておけって言ってたから」
 それに対して、シンはこう言ってきた。
 つまり、自分の感情に気付いたのは目の前の相手ではなく、この間、一瞬だけ顔を合わせた相手だ……と言うことだろうか。それとも、ロンド・ミナ・サハクか。
 どちらにしても、あの二人は侮れないな……とそう改めて認識をする。
「……大丈夫だ。キラの同意が得られないうちは何もしない」
 いや、キスぐらいは妥協してもらわないといけないが……と心の中で呟く。
「わかったよ。そう言うことにしておいてやる」
 じゃ、後は適当に報告に来るから……と付け加えると、シンは今度こそ部屋を出て行った。
「やはり、応援されているのか、俺は」
 それとも、とイザークは悩む。
 だが、これだけは間違いないだろうと言うことが一つある。
「みんな、お前が大切なんだな、キラ」
 自分もそうだけどな……と囁く。
「だから、安心しろ。何があっても、守ってみせる」
 イザーク・ジュールのプライドにかけてな。この言葉とともに、イザークはまた彼の唇にふれるだけのキスを贈った。