まだ、意識がはっきりとしていないから、だろうか。キラは、どうして自分がここにいるのかわからない、と言う表情で周囲を見回している。
「キラ」
 そんな彼の仕草に微笑みを浮かべながら、イザークはそっと声をかけた。
「イザークさん」
 次の瞬間、キラはふわりと微笑む。
「よかった……」
 いったい何が、とイザークは心の中で呟く。
 ひょっとしたら、まだ寝ぼけているのだろうか、彼は。
「……どうした、キラ」
 それならばそれで構わない。そう思って、そっと声をかける。
「側に、いてくれたんだ」
 だが、キラの口から出たのは予想もしていない言葉だった。やはり、寝ぼけているのかもしれない、とそう思いながら、そっと彼の側に歩み寄る。
「当然だろう?」
 キラを一人で残していけるような薄情者ではないつもりだ。そう付け加えながら、そっと彼の頬に触れる。
「……でも、みんないなくなったから……」
 そう言ってくれたのに、とキラは続けた。
 やはり寝ぼけているのだ、とイザークは確信する。きっと、夢と現実の境が曖昧になっているからこそ、彼はこんな風に弱音とも言える言葉を口にするのだろう。
「大丈夫だ」
 それとも、ここにいるのが自分だからか。
 理由はともあれ、自分に甘えてくれるのであればそれで十分だ。そう考えてイザークは微笑む。
「俺がお前を置いていくはずがないだろう?」
 ここにいる、とそう付け加えると同時にキラの体をそっと抱きしめた。そうすれば、彼は素直に身を預けてくる。
「……うん……」
 今だけでもいいから、側にいて……と囁きながら、そっと胸に頬をすりつけてきた。
「キラ……」
 いったい何故、キラはこのようなセリフを口にするのか。
「……イザークさん……好き……」
 吐息のようなこの囁きもイザークの優秀な聴力はしっかりととらえてしまう。
「キラ!」
 それは、と確認しようと視線を向けた。しかし、キラはその時にはもう、眠りの中に戻っている。
 こうなってしまえば起こすのはかわいそうだ。
「……キラ……」
 だから、代わりに小さな吐息と共にイザークは彼の名を呼ぶ。
「いったい、何がお前をそんなに臆病にさせているんだ?」
 いつでも告白してくれて構わないのに、とそう付け加える。
「誰に問いかければ、わかるんだろうな、それは」
 それとも、いつかは彼自身が話してくれるのだろうか。
「……そうしてくれれば、いいのにな」
 こう呟く。
「ともかく……俺は許される限り、お前の側にいる」
 だから、安心しろ……とこう囁いた。

 そのころ、ディアッカはアスランとラスティの二人と顔を合わせていた。
「……ユウナ・ロマ・セイラン、か」
 嫌悪を隠さずにアスランは吐き捨てる。
「何? 知ってんのか?」
 そのあたりの人間関係を聞いていないのだろう。ラスティが即座にこう問いかけた。
「さんざん、嫌がらせをされたからな」
 その言葉をアスランは否定しない。
「あいつは、昔からキラを利用することを考えていたバカだ」
 学校の課題その他を、よくキラに押しつけていたよ……とそうも付け加える。それだけではなく、彼の周囲にいた者達も排除しようとしていた。そうも付け加える。
「俺は、あいつと同じ学校で家も隣同士だったからな。余計に気に入らなかったんだろう」
 自分の母はキラの養母と仲がよかったしとさらに新事実を口にしてくれた。
「……何でまた、そんなことに」
「決まっているだろう。自分たちにとって都合のいい性格に、キラを育てようとしていたんだ」
 それがわかっていたからこそ、アスハもサハクも、キラをオーブ本土ではなく月で育てていたのだ。それでも邪魔しに来るあたりは根性があると言っていいのだろうか。
「あのカナードさんにしめられても気にする様子がないあたりは感心したがな」
 だが、この一言を耳にした瞬間、思わず頷いてみせる。
「それは凄い根性だ」
 敵ではない、とわかっていても、思わず逃げ出しそうになってしまった自分を、ディアッカは覚えている。イザークがあの視線を真正面から受け止めていたのは、本気でキラを好きになっていたからだろう。
「……それにしても、強姦しようとするか、普通」
 可愛いが、キラは男だろう? とディアッカはため息をつく。
「……遠目に見ただけだが……キラは、カガリにそっくりだよ」
 むしろ、カガリの性格が雄々しさを増している分、キラの方が可愛らしく見えるかもしれない。アスランはそんな爆弾発言をしてくれる。
「マジ?」
「あぁ。昔から、あの二人は性別が反対だろうと言われていたからな」
 自分も、あの二人に最初会ったときに、キラの方が女の子だと思っていた。アスランはさらに言葉を重ねる。
「……ともかく、だ」
 だが、即座に彼は話題をそらすかのように言葉を口にした。
「俺たちも出来る限りフォローはするが、あまりあてにはしないでくれ」
「そうだな。今回は本当に運がよかっただけだ」
 たまたま、自分たちのターゲットがそちらにいたからな、とラスティも頷く。
「わかっている。デュランダル博士ともその点はちゃんと話し合っている」
 おそらく、レイがキラの側にいることになるだろう。それが一番、違和感がないだろうから、とディアッカは告げた。
「それにしても……いい加減、片を付けたいな」
 少なくとも、拉致事件だけは……とため息とともに言葉をはき出す。
「そうだな」
 そうすれば、キラの周囲ももっと落ち着いたものになるだろう。アスランもこう言って頷く。
「と言うわけで、お仕事を頑張りますか」
 でも、ちょっと休憩な。そう付け加えるラスティの言葉に、思わず笑いがこぼれ落ちた。