しかし、実際にはそれよりももっと複雑だったと言っていい。
「……キラ……」
 彼と共にラスティが来た、と言うことがものすごく引っかかる。しかし、それを問いかけるよりも今のキラの方が心配だ。
 その気持ちのまま、イザークは行動を開始していた。
「どうしたんだ?」
 誰に襲われた……と思わず付け加えてしまう。しかし、それはイザークでなくても考えることではないだろうか。
「……イザーク……」
 キラがその言葉に大きな瞳に涙を浮かべる。
「……僕……」
 怖かった、と彼は続けた。
「悪かったな、一人にして」
 そっと彼の体を引き寄せると、安心させるように背中を叩いてやる。そのまま、視線だけをラスティに向けた。
「よかったな。知り合いに会えたんなら、もう大丈夫だろ」
 優しい声音でこう告げながらも、彼の表情は厳しいままだ。その表情のまま、彼は小さく頷いてみせる。その唇が「後で」と告げているのがわかった。
 と言うことは、メールか何かで連絡をしてくるつもりなのだろう。
 確かに、この状態のキラを落ち着かせる方が先決だ。
「とりあえず、部屋に戻ろう。服も着替えないとな」
 でないと、シンが相手を殺しに行きかねない。冗談交じりにこう告げれば、腕の中でキラは小さく頷いてみせる。
 しかし、このままでは寮内でよからぬ噂が立ちかねない。
 幸い、激しく破られているのは上半身だけだ。それさえ隠してしまえば、転んだと言ってごまかせるだろう。
 しかし、ここまではどうなっていたのだろうか。
「そうそう。人目には付いてないから、さ。さっさと着替えて忘れてしまえばいいよ」
 その疑問に答えるかのようにラスティがこう言ってくる。
「だ、そうだ。キラ?」
 行こう? と付け加えながら、一旦、キラの体を腕の中から解放する。そして、イザークはとりあえず自分の上着を脱いで彼の肩にかけた。
「それを着ておけ」
 そうすれば隠せるから、と付け加えれば、キラは小さく頷いてみせる。
「……あぁ、そうだ。後でお礼を言わなければならないな。学部と名前を教えてもらえるか?」
 聞かなくてもわかってはいた。しかし、キラに自分たちが知り合いだと気付かせるわけにもいかないから、こう問いかけてみる。
「ごく普通のことをしただけだって」
 気にされるほどの事じゃないけど、な……とラスティは笑う。
「でも、そっちの美人さんとはまたお話をしたいから、と言うことで」
 にやりと笑うと、ラスティは学部その他をすらすらと口にした。それを聞いた瞬間、イザークは吹き出しそうになる自分を必死にこらえる。
「わかった。ありがとう」
 キラが落ち着いた頃に連絡をする、と代わりに言葉を返す。
「あてにしないで待っているよ」
 言葉とともに彼は手を振る。そのまま離れていく。
「キラ」
 その後ろ姿が見えなくなったところで、イザークはそっと声をかける。
「帰るぞ」
 そう付け加えれば、彼は小さく頷く。それでも、すぐに動こうとはしない。
 いや、動けないのか。
 そう考えて、そっとその肩を抱きしめた。
「大丈夫だ。ここには、お前に危害を加えようとするものはいない。それに、俺がいるだろう?」
 だから、何も心配はいらない。この言葉とともにキラの肩に置いた手に力をこめる。
 それに安心したのか。キラは小さく息を吐き出す。
「行くぞ」
 その言葉に、キラはようやく歩き出した。

 シャワーを浴びてほっとしたのだろうか。キラはぽつぽつと状況を話してくれた。
「……夕べ、徹夜だったから……ぼーっとしていた僕も悪いんだけど……」
 寮に帰ろうとしたところで、ユウナ・ロマに掴まったのだという。
「疲れてたから、後にして欲しいって言ったら、急に怒り出して……」
 気が付いたら、物陰に引きずり込まれて押さえ込まれていたのだ、とか。しかも、その場にいたのはあの男だけではなく、その護衛の者達もだとキラは付け加える。
 それでは、いくらコーディネイターでも普通の生活をしてきたキラに逃げ出すことは難しいだろう。
「……そうしたら……」
 さらに言葉を続けようとした瞬間、キラの体が大きく震えた。
「話したくないなら、話さなくていい」
 それよりも、疲れたなら眠れ。そうすれば、忘れられるかもしれない。こう言いながら、イザークはそっとキラの髪を撫でてやる。
「……どうして、かな?」
 キラは静かに目を閉じるとゆっくりと口を開いた。
「ユウナさんだと、ものすごくいやだったのに……イザークさんに触られるのはいやじゃない」
 むしろ好きかもしれない、と彼は続ける。
「……どうしてだろうな」
 想像は付くが、とイザークは言葉を返す。
「イザークさん?」
「だが、それは俺の想像であって、お前の本心かどうかはわからない。だから、迂闊に口に出来ない、と思うだけだ」
 だから、ゆっくりと考えればいい。そうも付け加える。
「お前が結論を出すまで、待っていてやれるだろうしな」
 この言葉に、キラは小さく頷く。
「わかったら、少し眠れ。ここにいてやるから」
 そんな彼に、イザークは微笑みを向けた。