「……恐い方だな……」
 ミナと別れたところで、イザークは素直に感想を口にした。
「怖いんじゃなくて、厳しいだけだよ、ミナ様は」
 苦笑と共にキラはこう言ってくる。
「それもあるのかな? ユウナ・ロマ・セイランと仲が悪いのは」
 もっとも、ミナだからこそユウナは無事に逃げ出すことが出来たはずだ……と彼は続ける。これが彼女の弟のギナであれば、今日の親睦会とやらに参加できない状況になっていたはずだ。そうも付け加える。
「……なるほど」
 首長家の中でも、キラを気に入っている人々にはあの男は不評だと言うことか。イザークはそう結論づけた。
「だが、俺も同じ判断を下すかもしれないな。ユウナ・ロマ・セイランに関しては」
 キラには悪いかもしれないが、とそう付け加える。
「イザークさん?」
「俺は、他人の話を聞かずに、自分の都合だけを押しつけてくる人間は嫌いだ」
 先ほどのあいつはそうだったろう? と言外に問いかければキラは苦笑を浮かべた。
「だから、カガリにも逃げ回られているのに……それがわからないのかなぁ」
 このままだとどうなるのかな、あの二人……と彼は付け加える。
「あの二人?」
「……うん。婚約、って言う話が出ているだけ」
 カガリが女の子だから、と言うらしいけど……という言葉の後に付け加えられたため息はどのような意味なのだろうか。
「まぁ、僕としてはカガリの希望が最優先だ、と思っているから」
 彼女が彼でいいというならばともかく、そうでないなら邪魔をしてもいいし……とキラは何でもないことのように口にした。
「……なるほど……」
 それで、奴はキラを取り込むか遠ざけたいと思っているわけだ。イザークはこう呟く。
「イザークさん?」
 意味がわからない、と言うようにキラが彼を見つめてくる。
「お前の言葉でその《カガリ》とやらはあの最低男と婚約するかどうかを左右されかねないのだろう?」
 この言葉に、キラはかしげた。
「……そういうことに、なるのかな?」
 そんなことをさせるつもりはないけど、とキラはため息とともに口にする。
「だが、あの男はお前さえ味方につけるか、でなければ話しもできないような場所に追い出してしまえば、後は何とでも出来ると思っているのだろうな」
 そうならない可能性の方が高いだろうに。イザークはそう言って笑う。
「本気で好きならば、我慢するというのも一つの方法だろうしな」
 今の自分みたいに、と心の中だけで付け加えた。
「それが出来る性格の人なら、カガリもあそこまで毛嫌いしない……かな?」
 もっと根本的な問題かもしれないけど、とキラは口にする。
「……イザークさんやディアッカさんのような人なら、多分、カガリも好きになると思うけど」
 では、お前はどうなのか。反射的にそう聞き返そうとした。
 少なくとも、彼が自分に友情と言えるものを感じてくれているのはわかっている。しかし、それだけなのか、と口に仕掛けてしまう。
 だが、幸いと言っていいのかわからないが、それを口に出すことはなかった。
「キラ!」
 と言うより、できなかったと言うべきなのか。
「……フレイ?」
 しっかりと邪魔者が乱入してきてくれたのだ。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ! 何で、ケーキ屋に行くのにあたしじゃなくてそいつを誘うの?」
 憮然とした口調で彼女はそう言ってくる。
「……ケーキ屋に行くのがメインじゃなかったから……」
 いつも、パーツの買い出しは嫌いだって言っていただろう? とキラは言い返す。
「でも……」
「それに……今日はイザークさんだけじゃなかったから」
 一緒にいたのは、とさらに彼は続ける。
「……誰?」
 こう問いかけた彼女の瞳に、一瞬、恐怖に近い光が浮かぶ。
「ロンド・ミナ・サハク様」
 しかし、キラのこの言葉で安心したように見えるのは錯覚だろうか。
「そう」
 でもね、とフレイはすぐにキラをにらみつける。
「あたしだってミリィだって、あそこの新作は楽しみにしていたのよ? 一人だけ食べるなんて、ずるい!」
 そういう問題なのか。イザークにはわからない。
「……今度、時間が出来たときにおごるから……サイやトールに怒られないなら、また一緒に食べに行こう?」
 キラはそんな彼女の態度になれているのか。すぐにこう口にする。
「夏の新作は四種類あったから、僕もまだ全部制覇してないし……」
 ミナ様の前で、一口もらうなんて事は出来なかったから……と苦笑を浮かべれば、とりあえずフレイは怒りの矛先を収めたらしい。
「わかったわ。それで許してあげる」
 こう言って微笑む。
「そうしてくれると嬉しい、かな?」
 キラもまたそんな彼女に微笑み返す。
 そこまでは冷静に見ていられた。
 しかし、彼女がキラの腕に自分のそれを絡めようとした瞬間、何故か理性が崩壊してしまったらしい。気が付いたら、彼を自分の腕の中に閉じ込めていた。
「……あれ?」
 無意識のその行動をフォローすることも出来ない。
「イザークさん?」
 どうかしたのか、と問いかけてくるキラに、答えを返すことが出来なかった。