鬱陶しい。 イザークは心の中でそう呟く。 買い物を終えて、ようやくキラとのんびりとお茶を出来る、と思っていた。それなのに、店を出ようとしたときからどこからか視線が絡みついてくる。 しかも、それは場所を変えてもずっと、なのだ。 幸か不幸か、キラは気付いていないらしい。それだけが救いと言えば救いなのか。 「こちらに、おすすめの店があるんだ」 キラが交差点の所に来たとき、不意にこう口にした。 「……そうか」 反射的に微笑みを作りながら頷き返す。それが出来た自分をほめてもいいだろうか。イザークはこっそりと心の中でそう呟く。 「そこは、何がおすすめなんだ?」 さらに言葉を重ねれば、キラは軽く小首をかしげてみせる。 「今の時期だと……ムースかゼリー系かな」 プリンも捨てがたいが、と付け加えたのは、このプラントの季節が《初夏》に設定されているからかもしれない。 「確かに、甘くて口当たりの言いものが食べたいな」 ディアッカあたりであれば、物足りないというかもしれないが。そう付け加えながら進行方向を変える。 それでも、やはり視線は追いかけてくる。 これは、間違いなく監視されていると判断していいだろう。 しかし、目的はどちらだ? とイザークは心の中で呟く。 自分であればまだいい。だが、キラだとするならば、厄介だ。そう思いながらも、笑みは絶やさない。伊達や酔狂で最高評議会議員の息子に生まれたわけではないのだ。 「今の時期だと、ペリー系がおいしいかも」 でなければ、桃か。そう言いながら、キラは微笑みを向けてくる。 どうやら、自分の内心にも気付かれていないようだ。その事実にほっと安心する。 「……オーブ本土は自然が豊富なんだな」 プラントではあまり、季節感がない。特に、食材には、だ。 「プラントと比べるとそうかも」 どちらがいいのか、それはわからないけど……とキラは言葉を返してくる。それは、自分たちに対しての配慮だろうか。 そう考えていたときだ。 自分たちの行く手を遮るかのように一台のエレカが急停車をする。反射的にイザークはキラの体を自分の背後へと隠していた。 「危ないだろうが!」 それとも、オーブではこれが普通なのか? ときつい口調で言葉を投げつける。 「……ユウナ・ロマ・セイラン……」 イザークの背後で、キラが複雑な声音でこう呟いた。その名前の人物を、イザークは知っている。 「キラ……こんな所にいたのかい?」 エレカから現れた相手は、記憶の中にあった顔だった。 だが、この男は親大西洋連邦派――と言うよりは親ブルーコスモスと言った方がいいのか――だったはず。 「……どうして、ここに……」 そのせいか。にこやかな相手とは違い、キラは本気で困惑しているようだ。 「どうして、じゃないだろうぉ? 今日、モルゲンレーテで親睦会があるから、君にも参加するように、と連絡したじゃないか?」 それなのに、姿を見せないから……と言いながらユウナはこちらに近づいてくる。 「ウズミ様が、参加する必要はないとおっしゃっていましたので」 そもそも、自分はモルゲンレーテとは関わり合いがない。キラはそう言いながら彼から逃れようとするかのように、イザークの陰に隠れる。 「それに、今は課題の方が忙しいので」 学業を優先するように、と他の方々からも言われているから……とキラは言い返した。 「ボクはそんなこと、聞いてないよ?」 それに、あちらも君に会うのを楽しみにしているのだから……と口にしながら、ユウナがキラに手を伸ばしてくる。 イザークは反射的にそれをたたき落としてしまった。 「何をする!」 不快そうにユウナはイザークをにらみつけてくる。 「キラが嫌がっている」 それに、とイザークは意味ありげに笑ってみせた。 「こいつは、今、俺とデート中だ。野暮なことをするな」 それとも、そうできる権利があるのか? とからかうように付け加える。 「ボクは政治的な判断で……」 「しかし、ウズミ・ナラ・アスハはキラに『参加しなくていい』と伝えたんだろう?」 どちらを優先すべきか、と言えば、ウズミの言葉ではないのか。イザークはそうも告げた。 「そうだろう、キラ」 確認するために問いかければ、彼は小さく頷いてみせる。 「訂正の連絡は来ていません。今日は、この後帰ったら、そのまま研究室です」 おそらく徹夜だろう。キラはそうも付け加えた。それが真実なのかどうかはわからないが、口実としては十分だろう。 「でもねぇ。この件で、モルゲンレーテの出資者が減ったらどうするわけぇ?」 それこそ、キラに関係ないだろう。 同時に、ひょっとしたら、これがキラを拉致するための行動かもしれない。その可能性に気付いてしまったのだ。 いったい、どうやってへこましてやろうか。 「それは、その子には関係ないと思うが?」 そんなイザークの出鼻をくじくかのように第三の声が周囲に響く。女性にしては少し低い声に反射的に視線を向ける。 女性にしては立派な体格の相手が、そこに立っていた。 「……ロンド・ミナ様……」 キラが驚いたようにそう声をかけている。だが、イザークは別のことに気付く。 先ほどまで自分たちに絡みついていた視線の主は、彼女だ。 でも、何故……と心の中で呟く。 「ウズミに頼まれたのだが……来てよかったよ」 ふっと笑いながら彼女はキラに歩み寄る。 「仲のよい友人が出来たようで何よりだ」 そして、そっと彼の頭を撫でた。キラも彼女のことは嫌いではないのか。素直になすがままになっている。 「ユウナ・ロマ。私たちがいいと言っているのにキラに強要する気ではあるまい?」 流すように向けられた視線はきつい。自分でも怖いと思うそれに、彼女はやはりただものではないのだ、とイザークは判断をした。 「……後で後悔しても、ボクは知りませんからね!」 流石のあの男も、現首長には逆らえないのか。捨てゼリフを残して立ち去っていく。 「困った奴だ」 小さなため息とともにロンド・ミナはため息をついた。 「……ミナさま……」 「気にしなくていい。あれらに関しては私たちに任せておけ」 それよりも、彼を紹介して欲しい。そう言いながらミナが向けた視線に値踏みをされているように感じたのは、自分の錯覚ではないだろう。 イザークはそう感じていた。 |